クロウの奇妙なひととき

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 クロウがそのことに気づいたのは、終夜実験をしている最中だった。時間は午前2時。新しく組んだ測定装置が、まだ半自動化しか出来ていなくて、1時間ごとに調子を見てやらなければならないのだ。
 博士がいつものように、実験ののこりものはないかと冷蔵庫をごそごそ探っている、その白衣の背中で、何か光るものが見えたのだ。
  「あれ、博士、背中になにかついてますよ」
  と、手を伸ばしてそれに触ったとき、クロウはそれが何なのか、始め理解できなかったのだが、
「うわぁぁぁっ、左側の小動物の背中にジッパーが!!!」
 ビクン、と博士は くるりと向き直ると
「失礼な、そんなものがついているはずがないだろう」
 とカニ歩きにクロウから逃げる。
「ちょ、ちょっと、だってほら、アレ」
 博士の背後にクロウが回り込もうとすると、くるりとクロウのほうに向き直り、後ろを見せない。
「ちょっと博士、じっとして下さいよ、コラ、」
「ええい、秘技 壁抜けの術!」
 ばたん!

  あれ、赤い扉が・・・というより虚面空間? シフトした? 博士が? せっかくだからこの扉を、開けると・・・?
 

  Enter to the proving grounds of the mad overlord.
 

  *   *   *    *    *

「クロウ、おいクロウ」
「んあ、あ、博士。」
「なんだクロウも寝てたのか」
「そういう博士だって講演の間ずっと寝てたじゃないですか。」
「まあ、なんせお目当ては」
「「バンケット(バイキング形式の夕食会)だし」」
「しかし今どきあんな中央集中型知識処理エンジンなんてはやりませんよね」
「MARIAシステムか。脳科学総合センターの知識処理解明チームの作ったしろものだが・・・100年前のしろものだな。」
「あ、起動するみたいですよ」
「そんなことよりめしくわせろ」

―・・・―
―我は―
―我は語れり―
―我の言葉は真なり―

「ん? なんだ?」

―我に従うところが確からしそうであろう―

「やつらあわててるぞ」
「この言葉の響きどこかで・・・」

―我とともに来たりて我が世界とともに彼らはほろびよ―

「なんだこのわけのわからん呪文みたいなものは・・・なんだか眠くなってきた」
「違う・・・これは破滅の祝詞(のりと)だ」

―あまねく全てが我のもとに集うようでした―

「―」
「・・・知性なんてもんじゃない、これは無知の中の無知、それが祝詞を生成しているのか? 知性と対極にあるという意味で邪悪そのもの! そんなバカな! ハカセ? っていうかみなさん? まずい、力ある祝詞が自動生成されているんだ、あれを止めないと! 得物は外部パックのガンマナイフだけか! 一撃で決める!」
  クロウ、駆け出す。
「てやあー! 昇竜・04式華斬乱舞(ただいま命名)!」
  クロウの一撃はMARIAシステムの動力部を叩ききる しかし・・・

―我は遍在せり
我は空なり
我は(聞き取れず)なり―

「バカな! すでに極微分散型に進化していたのか? 今の祝詞で零点振動内にまもられているはずの虚面特異点が露出しかけている! 私はシフトで逃れられるけど博士が―どうする? ガンマナイフのセフティーカバーを割ってガンマバラージを撃つか? ためらっている暇はない!」
  クロウ、出力最大のガンマナイフを脈動するMARIAシステムに投げつける!
「昇竜・超弾道竜飛槍!!」
  青白い光がスパークする、が、見た目は変わらない。
「・・・だめか!?」
 あたりから祝詞が聞こえる

―我は滅びよ
 彼は美しいところを望むようでした
 汚らしさは愚かしいものどもを作るだろう ―

―静かになる 。
「あれ、視界がゆがむ・・・世界のほころびが修復された・・・のかな」


*   *   *    *    *

「こらー、クロウ、起きろ!」
「ああ、博士、あれ、ジッパーの金具がない?」
「なんだそりゃ。そんなものあるわけないだろう ・・・ジップロックにしたからな」
「そうですか・・・って、え? あれ?」
「ほら、やるぞ」
 クロウ、釈然としないものを感じながらも実験を再開する。