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安らかに レクイエム

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「マリアちゃん、よく働くねえ」
「あ、松田さん、おはよーございます! これがお仕事ですから一生懸命やらないと!」
「…でもマリアちゃん、そのマリアちゃんが抜いているのが花の苗で残してある方が雑草よ」
「え? きゃあっ、いけない、また間違えましたぁ!」
いそいで抜いたマツバボタンをプランターに埋め戻し、雑草を引き抜く。
「ふう、これで玄関前はOKですー」

「さて、リビングもこれでピカピカになりましたー」
「マリアちゃん、あそぼ」
マリアが振り返るとドアの陰から、小さな女の子の顔がのぞいている。
「いいですよー。何して遊びますぅ?」
「あのね、お人形さんで遊ぶの。マリアちゃんがお父さんなの。ゆうこがお母さんになるの」
「はーい」

「お父さんはいけませんねーまたお酒飲んで帰ってきて」
「ごめんなさいですー」
「今日はごはん抜きですよ」
「そんなー」
 ふと、視線を感じてドアの方を見ると、男の子が部屋を覗いていたが、マリアと視線があうと、向こうに行ってしまった。
 そして振り返ると、人形がテーブルの上に転がっており、ゆうこもいなくなっていた。

「さあ、そろそろキッチンも整理しなくちゃ」
 人形を箱に戻すとマリアはキッチンに向かった。するとキッチンにはさっきの男の子が立っていた。
「マリアさん、さっき誰かと話してなかった?」
「いーえ、話してませんよ。この家にはマリアとケンタ君の二人だけしかいませんもの」
「そう」
「ケンタ君、何か食べますか?」
「ううん、いらない」
ケンタはキッチンから出ていく。
「さて、きれいにしましょ」

 夜。
マリアはお風呂をピカピカに磨いていた。
「ふう、これでおわりです。あとは二階ですねー。もう遅いし、明日にしましょうか」
「マリアちゃん」
「はい?」
ゆうこの顔が入り口から覗いている。
「ゆうこちゃん、どうしましたかー?」
「こわいの」
「どうして」
「誰かいるの」
「誰もいませんよーこの家にはマリアとゆうこちゃんの二人だけですぅ」
「でも怖くて眠れないの」
「じゃあ、ゆうこちゃんが眠るまでそばについていてあげますぅ」

 二階の部屋、ベッドの脇にひざまづいて目をつぶっているゆうこの頭をなでているマリア。ふと、ゆうこが言う。
「マリアちゃん、お歌をうたってくれる?」
「いいですよー、ゆうこちゃんがよく眠れるように歌ってあげます」

眠れ 眠れ
静かに 安らかに
眠れ 眠れ
Requiescat in pace

「ゆうこちゃん?」
ゆうこはもう安らかな寝息をたてていた。
カチッとドアが開く。
「どうしましたぁ、ケンタ君?」
 少し青白い顔をしたケンタが聞く。
「―マリアさん、ここで何してるの? 誰かいるの?」
「いーえ、誰もいませんよ。部屋の整理をしていたんです」
「本当に?」
「はい」
マリアは誰もいないベッドの毛布を整える。
「ケンタ君、寝つけないんですか? そばにいてあげましょうか?」
「ううん、いい」
ケンタはドアを閉めてしまった。
「さて、戸締まりして今日はおしまいにしましょうか」

 家中のカギを閉め、ガス栓を点検してから、マリアはリビングのソファに座り、誰もいない家の中、一人、佇む。

 翌日。
 ピンポーン。
「ただいま」
「あっ、お帰りなさーい。旅行は楽しかったですかぁ?」
「ええ、とっても。まあ、隅々まできれいにしてくれたのね」
「はい!」
「―留守中、かわったことはありませんでしたか?」
「―いいえ」
「―そうですか」
「あの、本当に売ってしまうんですか? こんな立派なおうち」
「二人で住むには大きすぎてね。それに、ここにはちょっとつらい思い出が多すぎるし。…こんなにきれいにしてもらったから、きっと高く売れるでしょう」
「そうですかー。じゃあ、私はそろそろおいとまします」

 その家をあとにしたマリアはふと後ろをふり返った。
 二階の、別々の窓から男の子と女の子が覗いていたような気がしたのだが、すぐに見えなくなってしまった。
 記録をスキャンしても、そんな映像は映っていなかったので、マリアはそのメモリを消してそこから立ち去った。

 

(1998/8/20)

 

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