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うつしみ

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 フランチェスカはだいぶほっとした。メイドを募集していたこの屋敷は、主が一人で住んでいるという話だったが、フランチェスカがメイドとして雇われた最初の一人だったのだ。いくらそれほど大きくはない屋敷とはいえ、フランチェスカ一人で全ての部屋の掃除や食事の支度、洗濯や庭の手入れはできないと、呆然としていたのだが、毎日の手入れは主人の部屋だけ、あとの部屋は毎日少しずつ掃除していけばいいという話だった。それに昼夜の食事の支度は通いのコックがしてくれ、庭の手入れも専門の職人が通ってくれているという話だった。
 主は一通り屋敷の状況を説明し終わると、どうかね、と聞いてきた。給金は悪くないし住み込みで働けるし、なにより主がきさくなよい方だったので二つ返事でフランチェスカはここで働くことにした。

 主より先に起き、水くみ、簡単な朝食の支度をすませると、主を起こしに行く。
「ご主人様、朝ですよ」
「ああ、フランチェスカ、お早う」
テーブルを囲んでトーストとベーコン、スクランブルエッグに上等な紅茶をいただく。
「初めはわたし一人でどうしようかと思ってしまいました」
「はっはっは。まあ、君が来てくれて助かったよ。急にメイドが辞めてしまってね」
「それはまたどうしてですか」
「さあねえ。あまりにはかどらない掃除に嫌気が差したのかもしれないねぇ」

 フランチェスカは図書室を掃除していた。ここにはフランチェスカのよく分からない本がたくさん並んでいる。いわく「時計の技術」「電池の構成」「オートマタ」「魂の帰還」「精神の不滅性」。大別して精密な機械の本と、魔術的なうさんくさい本が並んでいるようだ。変な趣味だと思いながら掃除を終え、次の部屋に向かおうとすると、ちょうど廊下で主と出くわした。
「次の部屋の掃除にとりかかります」
「おお、肝心なことを言うのを忘れていたところだった。こちらの実験室は掃除はしなくとも結構だ」
「実験室ですか」
「ああ、精密な部品や機械が多いのでね。決して立ち入らないように」

 昼食を用意しにきたグレダさんの手伝いをする。グレダさんは陽気なおしゃべり好きのおばさんだ。
「でね、ここの主人は貿易で財をなした先代がなくなってからその財産を食いつぶしながら過ごしてるのさ。まあ働かなくとも一生困らないお金は持っているんだけどね」
「じゃあ、今はなにをなさっているんですか」
「まあ、貿易も少々やっているけれどもそれよりも趣味の研究に没頭しちゃってね。あたしにゃよく分からないけど実験室と称して誰にもいれさせない部屋があるだろ? あそこで何かやってるらしいよ。おっと出来上がりさね。ご主人とじいさまをテーブルにお連れして」

 昼食もメイドコックわけへだてなく主と同じテーブルで頂く。奇異だが、なれてしまえばみんなで食べるほうが楽しい。ただひとりだけいつでもムスッとした庭師のバーネットさんを除いては。
「でさあ、港の連中がいうにはまた東の方で新しい国が見つかったんだってさ。お宝もたんまりあるそうだよ」
「それは面白そうだね。どんな荷が手に入るのかな」
グレダさんとご主人様が会話している最中もバーネットさんは黙々と食事をとり、紅茶を飲むと、さっさと「じゃ、旦那様、お先に失礼します」と言って席を立ってしまった。ご主人様も別段気にしない様子だ。
「バーネットは先代に使えていた頃からああだったんだよ」

 ある日の午後、バーネットさんのところへサンドイッチを届けに行った。熱心に仕事をして昼食だというのに現れなかったのだ。
「バーネットさん、お昼食ですよ」
「ああ、悪いな、ちょっとこれを片付けてから行こうと思ったらすっかり時間がたっちまってな」
はしごからおりて、芝生に腰掛ける。フランチェスカもその隣に腰掛けた。
「あの、バーネットさんは先代のご主人様から仕えているんですよね」
「ああ」
「ご主人様って昔からあんな感じだったんですか」
「・・・いや、昔は勉強熱心で仕事熱心だったよ、先代が生きていた頃は」
「そうなんですか」
「それが・・・あのメイドが・・・いや」
「え?」
「そう言えばあんたの名前もフランチェスカだったな」
「はい?」
「なんでもない」
さっさとサンドイッチを食べ終わるとバーネットは立ち上がった。
「あの、紅茶もありますよ」
「いらん。・・・気をつけるんだな、特にあの実験室には」
「え?」
バーネットはフランチェスカの言葉には答えずまたはしごを登っていってしまった。
(メイド・・・なんの話だろう)

 呼び鈴に呼び出されて出てみると、ご主人様あてに荷物が届けられた。品名がフランチェスカにはよく分からなかったが、機械の部品らしかった。
 ご主人様を探して屋敷をまわるがどこにもいない。はた、と気がついて、実験室の戸を叩いた。青白い顔をした主人が実験室の戸を開ける。
「どうしたのかね」
「あ、あ、あのご主人様にお荷物です、多分機械の部品だと思うんですけど」
「ああ、待っていたんだありがとう」
主の脇からちらとかいま見えた実験室は棚にぎっしりと部品が埋め尽くされ、そして所狭しと小さな機械時計が並べられていた。
「あの、あまりご無理をなさらないほうが・・・お顔色が悪いようですが」
「大丈夫だ。もう完成なのだよ。これでまた会える・・・」
意味不明の言葉を残して主は戸を閉めてしまった。

 風の強い夜だった。フランチェスカは寝付けなく、紅茶でも湧かして飲もうかしらとランプに灯をともして台所に向かっていた。途中、実験室の横を通る。
 すると、かすかにギシギシ、と音が聞こえる。風が窓を叩く音とは明らかに違う音だ。
(まさか、泥棒?)
フランチェスカは実験室の戸に手をかけた。鍵は・・・かかっていない。ランプで室内を照らす。広い実験室はぼんやりとしか見えない。カチカチカチ。カタカタカタ。戸棚に所狭しと並べられた時計が時を刻む。でもこんな音じゃなかった、とフランチェスカは思う。もっと、何か大きなものが動く音だった。ランプを掲げて注意しながら実験室の中央に進む。そこには・・・実験室の中央実験台には、奇妙な"モノ"が横たわっていた。

「ヒィッ」
フランチェスカはあやうくランプを落としそうになる。そこには、実験台の上には、ねじくれたクローム管、カチカチ音を刻む歯車、幾重にも連なったワイヤーコード、ナット、ボルト、そして、心の臓やそれに血液を送る管、それらが組み合わさって"人型"を構成していた。フランチェスカはさらに驚愕する。キリキリキリと音を立てながら、その人型が身を起こしてきたのだ。
「ひいいい」
あまりのことにフランチェスカはへたり込んでしまう。身を起こしたその人型は"頭部"についた二つのむき出しの眼球をぎょろりとフランチェスカに向ける。そして、"口"のあたりからヒューヒューと風を漏らしながら、音を発した。
「ワ・タ・シ・ハ・ふらんちぇすか」
フランチェスカは恐怖のあまりにへたりこんだまま後ずさりしたが、背中で何かにぶつかった。あわてて後ろを見ると、それは主人だった。
「ご主人様!」
「いけないメイドだ。主の言うことを聞かないとは」
「ひいい、許して下さい、ここで見たことは誰にも言いません」
「だめだ」
実験台の人型が立ち上がる。
「ワ・タ・シ・ノモノ」
「そうだ、これで全部部品がそろった。"皮膚"という部品がな。これで会えるよ、フランチェスカ」
「ゴ・シュ・ジ・ン・サ・マ」
「ひいい、助けて下さい」
「今夜フランチェスカは完成するのだ」

*   *   *   *   *

「また辞めたのかい? 今回はえらく急だったねぇ」
グレダが言う。
「ああ、ちょっと家の事情だそうだ。そのかわり新しく入ったメイドを紹介するよ」
「ごきげんよう、グレダ様。私、フランチェスカと申します」
「あら同じ名前。偶然だねえ。それにしても綺麗だねえ」
キリキリキリ。
「?何の音だい?」
「なんだ、グレダ、耳でも遠くなったか」
「ばか言うんじゃないよ、ま、よろしくね」

「またこうしてご主人様にお会いできるなんて夢にもおもいませんでした」
「僕もだよフランチェスカ、君が死んでから長い月日がたってしまった。でももう二度と離さない」
「うれしい、ご主人様、久遠に、フランチェスカはご主人様のそばにおります」
キリキリキリ。フランチェスカはご主人様の腕に手をのばす。
「ずっと一緒だ、フランチェスカ」
主人はフランチェスカに口づけをすると、抱き、いつまでも抱きしめていた。

 

(2008/11/11)

 

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