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とんこつ鶏ガラ寿司メイド

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 しゃれた感じの外装の洋食屋の前に立つ、濃紺のワンピースに、エプロンをつけた女の子。
メイドの格好をしたその名も冥土野マリアは、今日も元気に仕事を開始した。
からんからん。
「こんにちわー!!! 出張メイドサービスから派遣されてきましたー」
喋り終える前に奥からのっそりとあらわれた、コック姿に身を包んだ男。
「あー冥土野マリアだったな、よく来たな。・・・しかし変な名前だな」
「むーいいじゃないですかぁ! 名は体を表すってよくいうじゃないですかぁ」
「ふん、せめて極楽マリアとかいう名前だったらよかたのにな。まあ、冥土なんて名字の親を怨むんだな」
「ぷんぷん。あたしはこの名前が気に入ってるんです! 社長があなたは物忘れがひどそうだから、名前で自分がなんなのか思いだしやすいようにってつけてくれたんです!」
「なんだ? 源氏名なのか、まあいいや」
「で、今日は、こちらの新装開店のお手伝いということで来たんですけどぉ、でもどうして従業員を募集しないんですか?」
「無論している。が、応募に来んのだ。ま、だから、人が来るまでのつなぎだな。だいたい派遣の料金も安かったし」
「え、安かったんですか?」
「ああ、時給五百円でいいっていうし、今時そんな額で人は雇えんからな。お前さんのところにはいくら入るんだ?」
「……。五百円。」
「あ、なんだ聞いてなかったのか? まあ、運が悪かったと思ってあきらめろ」
「はー、いくらでもいいです、もう仕事があるだけましですから。あたしはガソリンさえもらえればそれでいいんです」
「そうか? んじゃあ、さっそく仕事にかかってもらおう、と、いいたいところだが、しかし、お前さんのその格好、なんとかならんか? 店の雰囲気にあわんのだが?」
「は? えーと、お店のユニフォームかなんかがあるんですか? でも、この格好も、別におかしくは無いと思いますけどー。洋食屋さんにはあってるでしょ。」
「どこが洋食屋だ。うちはラーメン屋だ」
「は? らーめん?」
マリアは店内を見渡した。内装は黒で統一してある、落ち着いた雰囲気の店内。十卓ほどの丸テーブルが並べられ、それぞれのテーブルには花が飾られている。卓上のメニューは、しゃれた横文字で料理の名が書いてある。
マリアは自分のデータベースを探った。
「えっと、らーめんっていうと、あの、橋かなんか作るときの工法ですか?」
「なんの話だ? うちは中華料理屋だといっとるのだ」
「ちゅうかりょうりや・・・」
このときマリアの知識エンジンは多大なショックをうけ、記憶領域の優先順位・意味接続を大幅に書き変えるのに1fsもかかってしまった。そういえば、メニューを見ると、それはローマ字でMabonasu teishoku等とかかれている。
「もっともまだ、肝心のラーメンが完成していないのだがな。いつでもだせるように、仕込は完成しているのだが・・・スープが今一つ決め手にかけるのだ。何かがイメージと違う。インパクトが足りないのだ。何かをあとくわえればいいのか・・・おい、聞いているのか!」
「え、ああ、聞いてます聞いてますちゃんと聞いてますよぉ。別にラーメンの出ないラーメン屋なんてメイド服着てないメイドじゃないなんて思ってないですよぉ」
「そうか、それならいい。んじゃあ、そろそろ開店だから適当に応対してくれ」
「はーい」

 からんからん。
「いらっしゃいませー・・・え?」
 とびっきりの笑顔で第一号の客を向かえたマリアは、だがそのまま笑顔を凍りつかせた。
 その客は、白エナメルの靴に白の上下のスーツ姿、胸をはだけた黒のYシャツに金のネックレス、黒のサングラスにパンチパーマと見るからに"や"だったからだ。
 笑顔のまま機能停止したマリアを後目にその客はずかずかと奥に入ってきてテーブルにつくと、一言。
「適当に、握ってくれ」

「ま、ま、ますたー」
「マスターじゃない。おやっさんと呼べ」
「おやっさん」
「なんだ」
「まずいですよー、いきなり、やくざやさんですぅ」
「やくざじゃねえよ。今時あんな格好のやくざがいるか。あんな格好してるけどあいつはただの小心者だよ。だいたい名前からして善行ってんだから」
「で、でもなんか、握ってくれって」
「ああ、言い忘れてたが、改装前はうちは寿司屋だったんだ」
「はぁ? すしやぁ?」
再び機能停止。異常論理接続を検出した保護装置が神経回路のダメージを最小限にくい止めるべく、一時的に主演算装置を切り離す。
「よっちゃん、適当に握ってくれなんて景気がいいねぇ」
「いやぁ、これからちょっと就職の面接に行くんで、景気づけにと思ってな」
「そうかい、んじゃ、遠慮無く」

 からんからん。
「あっ、いらっしゃいませぇ!!」
寿司屋とラーメン屋の店舗面積の違いについての、堂々巡りの思考からなんとか復帰したマリアは今度こそ笑顔で客を向かえる。入ってきたのは一組の男女。学生だろうか。まともそうな客で安心したマリアは、
「こちらのお席へどーぞー」
と招きいれる。
 が、談笑しながら入ってきたその二人組みは笑顔を一瞬にしてひきつらせ、回れ右をしてあわてて出て行ってしまった。
「あ、ちょっとぉ、お客さーん」
扉を開け追いかけようとすると、その二人は走って逃げて行ってしまった。
「はー、なんでだろーなー」
と、店内に戻ると目に飛び込んできたのは、苦み走った顔で寿司をもくもくと口に運ぶ、よっちゃんの姿。
「これは、逃げるだろーなぁ」と内心つぶやく。

 からんからん。
「いらっしゃいませー」 やっと来た客を笑顔で迎え入れるマリア。だが、店内に緊張が走る。
「寿司屋を止めてラーメン屋か。いい度胸だな。だがそれなりの覚悟があるんだろうな。わしが店をお前に譲ってやったのはこんな店を出させるためじゃないぞ!!」
その、作務衣を着たかなり年配の、だが爛々と目を光らせた男性客は、店に入って来るなりこう叫んだ。
「ま、ますたー」
「マスターじゃない、おやっさんと呼べ」
厨房からおやっさんが出てくる。
「あれは俺の親父だ」
「え、お父さんですかぁ!? と、いうことは寿司屋の先代ですか」
「ラーメンなぞ愚劣な民衆のための食べ物! それをよくもこの店で出すとは、恥知らずめ!」
「今の時代寿司屋なんて流行らねえんだよ!」
「ならば! そのご自慢のラーメンとやらを出してもらおうか!」
大股で歩き、テーブルにつく。

「おやっさん、ラーメンはまだ完成してないって」
「うむ、だがやるしかない。お前さんは完成したらスープを味見してくれ」
「わっかりましたー」

 大鍋に細麺を入れ、泳がすように茹でる。その間に寸胴からスープを一杯すくい、どんぶりに入れる。特製醤油、油を入れよくかき混ぜる。麺をすくい、お湯を切り、スープの中に入れ、わけぎを散らしてもやし、メンマ、チャーシューを並べる。
 おやっさんは緊張した面持ちで、スープを一口レンゲですくって味見してみる。だが、その顔には落胆の顔が浮かび肩を落とす。
「お前も少し味見してみろ」
言われてマリアは一口スープを口に入れる。舌のバイオセンサーが味を判断。鶏ガラととんこつを主材料にしたスープだ。中央演算装置が各成分の、人間の舌及び脳に対する反応をシミュレート、ある一つの結論に至る。
 おやっさんが顔を覆っている隙にこっそり棚の市販の中華味調味料を少々入れてかき混ぜる。
「おやっさん、もうこれしかないんだから、出すしかないですよぉ」
「……そうだな、持って行ってくれ」

「おまたせしましたぁーどうぞぁ召し上がれー」
「これがそうか。どれ、貶しに貶してくれるわ」
よっちゃんも固唾をのんで成り行きを見守っている。
先代はスープを一口すする。と、顔色が変わる。二度三度スープを口に運ぶ。
「む、むむむ」
開口一番怒鳴られると思いこんでいたおやっさんは意外な成り行きを不思議そうに見つめている。
 先代は今度は麺をすすり、黙ってもくもくともやしやメンマなど食べていく。
やがて、どんぶりを両手で抱え上げ、最後の一滴までスープを飲み干した。
「うまかった。代金はここに置いていく。釣りはいらん」
そう言って席を立つとさっさと店を出て行ってしまった。
「むぅ、あの程度のスープで親父が満足するとは思えんのだが」
「ま、いいじゃないですか。と、お代を――マ、マスター!」
「なんだ? これは」
そこには封筒に入った札束と、一言「開店資金の足しにしろ」と書かれた紙が一枚。

「ふーぅ、終わった終わった。今日も終わりですねぇ」
午前零時。店の後かたづけを終えるマリアとおやっさん。
「明日からは正規のバイトも来るし、あたしの仕事も終わりですねぇ」
「ああ、三日間ご苦労だったな」
「初日の緊張に比べれば昨日今日なんてぜーんぜん大したことないですよぉー。でもお客さんあんまり来ませんね」
「うむ、何がいかんのか分からんが」
「やっぱりラーメン・アンド・寿司っていうのが斬新すぎるんじゃないですかぁ」
「ばか者。寿司はやはりはずせん」
「バッタの子はバッタですねー。じゃ、あたしは上がります。あと、マスターに手紙書いておきましたから、後で読んで下さいね。それじゃさよーならー」

 手紙を置いて行くなんて殊勝なやつだ、と思いつつおやっさんが読んでみると、
「マスターへ。仕込みにはもう少し時間をかけましょうね。手抜きしちゃだめですよ。ガラと骨の出汁が足りないですよぉ」
と書かれていた。

 

(2013/5/19)

 

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