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常夜の月

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 ここには、何もない。
 どこまでも続く平らかな、世界。
 天空は夜、ただ一つ、手が届きそうなほどに大きな満月が青白く光り、このなめらかな世界を冷たく照らしている。
 その世界の中心に、ベッドが一つ。そして側に佇むメイド。
 幾星霜そうして過ごしてきたことだろう。だが、微動だにしない巨大な月しか見えないこの平らかな地では、時を知るすべはない。

 メイドの名はフランチェスカ。ただそれだけ。

 フランチェスカがベッドに向かって話しかける。「ご主人様、今日のお昼食は何にいたしましょうか」
 ベッドに横たわる人影は答えない。フランチェスカはベッドを覗き込む。
 そこには、ベッドの上には、どれくらいの時間が過ぎたのか、何年、何十年、それとも何百年だろうか、白骨化した遺体が横たわっている。
 フランチェスカはそのベッドの頭蓋骨に耳を傾け、うなずく。「承知いたしました、今日はくちなしうさぎのソテーにいたしましょう」
 しかし、ここには何もない。夜空に浮かぶ月とベッドと白骨体以外は。
 フランチェスカは、ベッドの傍らで料理を作っている"仕草"をして、やがて言う。「さあ、できました、愛しいご主人様、どうぞお召し上がり下さい」
 フランチェスカはベッドの側にひざまずき、頭蓋骨をいとおしそうにそっと抱きしめつぶやく。「ここは時間の閉じた世界、何回でも、何百回でも、またご主人様に会えるのですから」
 と、頭蓋骨がもろくも崩れ、塵と化していく。
 「ああ、ご主人様、また新たな出会いのために再生されるのですね、私は何百万年でもここで待ち続けます」
 フランチェスカの手から、灰が流れ去り、虚空に消えていく。

 月明かりの下、やがてフランチェスカは立ち上がり、くるくると舞い、歌う。
「閉じた世界の中心に
ご主人様と二人きり
誰も邪魔をすることもなく
常世は果てることもなく」
 ただ青白い月だけがその姿を見下ろしている。

 

(2009/8/-)

 

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