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時に餌を得た魚(ときにじをえたうお)

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 その魚は時流に棲んでいた。
未来へ、または過去へと時流を進み、世界を見つめていた。
腹が減ると、時流に出来ている因果のよどみをついばんでは、空腹を満たしていた。

 冷たい小雨の降る墓地。喪服姿の人々。エドワードが泣きながら土を棺桶にかける。エドワードはつぶやく。なんで僕を残して死んでしまったんだい、メアリー。僕のほうが轢かれればよかったのに。
 魚はよどみをついばむ。
 メアリー、あなたもそろそろいい歳なんじゃない? ほら、エドワードとつきあってるんでしょ。結婚をそろそろ考えなさいよ。待って母さん、エドワードって誰? え、私そんな名前言ったかしら。もう母さんたら、しっかりしてよ。

 魚は時流の流れに身をまかせる。

 "……ついに人類は火星の地へその一歩を印したのです! ここから火星の新たな歴史が始まります。まずは前線基地、そしてテラフォーミング。長い時間はかかるでしょうが……"
 魚は餌をみつけついばむ。
"……悲しい出来事です。これは勇敢な宇宙飛行士達へ捧げる鎮魂歌です。全人類の皆さん、彼らのために祈りましょう……"

 時には過去へと。

 その青い惑星には豊かな生態系が存在していた。色とりどりの華やかな生物達。魚はその過去流へと泳ぎ、その惑星が誕生する前の時間のよどみを食べた。するとそこから伸びていた時流は無くなり、惑星が存在していた事実も無くなった。そこに存在していた生命時間も。

 あるとき、未来に向かって泳ぎ続けていると、流れが次第に急になり、あっという間に急流へと変化してしまった。魚はその流れにあらがおうとしたが、無駄だったので、その流れに身をまかせた。
 急流は激流となり、その先には時流の滝が待ちかまえていた。魚は滝を落下しながら、全ての星、歴史、宇宙、世界が混沌となって砕けてゆくのを見た。

 魚が落ちた先はよどんだ場所で、そこにはなんの時も流れていなかった。魚が泳ぐとわずかに流れができ、そこになんらかの時が流れたが、すぐに消えていってしまった。魚はあちらこちらと泳いでみたが、時流と呼べるものはここには無かった。
 魚が泳ぐのを止め、よどみに身をまかせていると、何か巨大なものが近づいてくるのを感じた。何かは分からなかったが、危険を感じた魚はとっさに身をかわし、必死に泳いだ。魚は考える。たぶん、それは魚のように、滝から落ちてきたものを食べるものなのだろうと。魚は時間を乱しながら全力で泳ぎ、それから逃げた。それと魚が泳ぐ後が時流となってよどみに新しく時間が産まれ、消えていった。

 どれくらい泳いだだろうか、魚は自分がせまい時流路に迷い込んでいることに気付いた。あれはもうここまでは追ってはこれなかった。この小さな支流には、わずかに流れが生じていた。それは、原初の時間の誕生と言ってもいいものだった。流れに身をまかせ見守っていると、宇宙が誕生し、冷え、星が形作られ、またここでも歴史が産まれはじめた。
 きっとこの先大きな流れとなるだろう。魚はまた餌を探しつつ泳いでいった。

 

(2012/7/12)

 

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