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対猫戦

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 人気もなく、走る車もない市街地を巨大な戦車が低速で走っている。戦闘偵察の任務に就いている、士-10号。
「このへんはまだそれほど破壊されとらんな」
と、車長の玄門少尉。
「少尉殿、もうこちらの勢力圏とはいい難いんだから、ハッチしめて中入って下さい」
戦車内から砲手のトルバ軍曹が文句を言う。
「スナイパーがいるかもしれませんよ」
「大丈夫だ。俺の第五感が大丈夫だと言っている」
 それを言うなら第六感なんだがな、と思いつつ、対空レーダーの調子を見る。気休め、というか、ほとんど意味の無い代物だが。空を飛ぶものなぞ、軍曹は無人強行偵察機ぐらいしか見たことがない。しかも帰ってきた記憶は一度もない。空は、もう誰の手にも届かないものになってしまった。

「・・・少尉、士-8号車の音、そちらから聞こえますか?」
と、神崎。階級は一等兵、運転士だ。
「いや。このボロエンジンのおかげでせっかく外に出たのに鳥のさえずりも聞こえん。どうした?」
「呼びかけても応答しないんです。右を並走しているはずですが・・・」
「戦闘偵察だからな。そう離れるわけもないし、確かに音も聞こえんのは変だな。どこかで立ち往生したか、それとも敵と遭遇したか?」
「しかし、連絡がないのも変です」
「馬鹿、俺が言いたいのは、通信機が故障したか、もうやられたか、ということだ」
「はあ」
「はあじゃない。士-8の進路へ向かうぞ」

 士-10号車は右折し、速度を上げる。が、しばらくしてその速度を落とした。
「どうした、神崎、速度を出せ」
「・・・少尉、変です。地図と道路が合いません」
「道に迷ったのか?」
「右折しただけですよ。入力された地図が変なんじゃないですか?これじゃ士-8の進路がどこかわかりません」
「うーむ。しかたない、いったん戻ろう」
  旋回した士-10号車は元の進路に戻るべく速度をあげる。が、またもや速度を落とし、今度は停止してしまった。
「どうした、またなんかあったのか?」
「少尉、道がありません・・・」
「はあ?なんだそりゃ」
「確かこの辺なんですけど。それよりも、少尉、景色に注意してて下さい。なんだかみたことない風景なんですけど」
「行き過ぎたのか?」
  再び旋回した士-10号は、今度は低速で進む。辺りの街並みを見回していた玄門は妙なことに気づく。さっきから似たようなビルディングに何度も出くわすのだ。
「・・・?・・・!!軍曹、対空レーダーはどうなっている!」
「なんもなし。なんにも映ってませんよ」
「神崎、本部を呼び出してみろ」
「・・・応答しません」
 いやな予感がした玄門は後ろを振り返ってみた。そこには、ちょうど士-10号車を中心として、前方と同じ景色が広がっていた。
「戦闘準備!罠にはまった!」
「どうしたんですか?」
「空間が歪曲されている!閉じ込められたかもしれん。それとも、どこかに転送されたのか?軍曹、支援衛星で位置確認できるか?」
「だめです、この辺は特に”空”が荒れてるから。しかし少尉殿、時空振動の記録はないから、とりあえず通常空間だと思いますよ」
「くそ、ともかくあたりに注意しろ」
 と、神崎が妙なものに気づく。
「少尉、レーダーに何か映ってます、前方12時から何かが接近」
「何だ?」
「待ってください、もうすぐカメラで視認できます・・・形状識別・・・回答でました、猫の群です」
「猫だと! 対猫戦用意!」
「対猫戦とはどういう戦闘でありますか!?」
「俺にも分からん、ともかく全ハッチを閉じろ」
「急速接近、すごい群れです」
「主砲、いや機銃を構えろ」
「少尉殿、猫に向かって撃つのでありますか!」
 トルバ軍曹が泣きそうな顔でわめく。
「猫は7代たたるのであります!」
「ばか、こんなところで普通の猫に会うわけがないだろう、あれは敵だ、自動照準しろ」
 トルバ軍曹は泣きそうになりながら、12.5mm機銃を目標群に自動照準、掃射を開始する。だが、あまりの数にコンピュータが目標の優先順位をつけられない。
「少尉、猫にとりつかれます!」
「とりつかれるのはいやであります!」
「ばか、意味が違う、前進、踏みつぶせ!」
 士-10号はあわてたようにディーゼルのうなりをあげ、せまりくる猫にのしかかる。だが、いかんせん、その数が膨大なため、わらわらと、ありとあらゆる種類の猫が戦車にとびのってくる。
「少尉、とりつかれました」
「砲塔を旋回しろ、ふり払え、発煙弾発射、信地旋回」
 右に左に砲塔をふり、発煙弾を発射し士-10号は旋回して猫達を振り払う。しかし、大量の猫達がキャタピラに、砲身にありとあらゆる場所にとりつく。
「少尉殿、何か音がします」
 ガリガリガリ。
「何だ何だ」
 神崎が運転席のガラスを見て驚愕の声を上げる。
「少尉、戦車が囓られてます!」
 ガリガリと爪と歯で猫達が車体を囓り始めている。
「たたりだ、やっぱり猫はきらいだ」
トルバ軍曹が泣きながら機銃を掃射する。
「埒が明かない、イベリット弾を使うぞ、0距離で爆発するように設定して撃て、全員マスク装着」
  アッラーの神に祈りながらトルバ軍曹はイベリット弾を装填、0距離で爆発させる。さしもの猫達もこれにはのたうち回る。
「よし、リアクティブアーマーを自爆、残った奴らを掃討しろ」
  トルバ軍曹はリアクティブアーマーを自爆、砲塔にとりついていた猫達が吹き飛ぶ。
「やったか!?」
「少尉殿、猫達が妙な動きをしています」
  形勢不利と見たのか、残った猫達は戦車から離れてひとかたまりに集結する。すると、見る間に猫達は融合、士-10号をも圧倒する大きさの大猫が現れる。
「わーわーたたりだ、猫の怨念だ、猫又だ」
  トルバ軍曹が頭を抱える。
「ばか、うろたえるな、粘着榴弾を撃て」
 砲弾を自動選択、士-10号は向かってくる大猫に主砲を発射する。
 着弾した瞬間、激しい光が大猫から発せられ、玄門少尉、トルバ軍曹、神崎一等兵は目をふせる。

 轟音と閃光が収まった後に、目をあけた三人が見た物は―瓦礫と化した一棟のビルディングだった。


「しかし、こんなこと、どう報告書に書くんですか?」
「ありのままだ。大猫とどう戦ったか」
「だって我々が戦ったのは、実際は幻でした」
「実際?実際に、我々は猫と戦った。戦闘情報にそれは記録されている。」
「記録されているのは、我々がありもしない敵と戦い、挙げ句がれきの山を築いたことです」
「では、TVカメラが欺瞞情報にさらされていたのだ。・・・いいか、神崎。我々は、戦った。相手は猫だ。この体験は幻ではない。お前のいう実際、現実とはなんだ?自分の体験じゃないのか?戦闘情報記録にあるように、はじめから終わりまで、我々は心理攻撃にさらされていたのかもしれない。あるいは、こう考えることもできる。つまり、勝ち目がないと考えた大猫がそのがれきに擬態したのだと。分子構造まで全て。どの道戦闘情報の評価は本部がやる。我々が考えなきゃならんのは、次に大猫に遭遇したときいかに勝つかだ。相手の出方も変わるかもしれん。こんどはマンモスかもしれない。」
「あきらめろ、神崎、少尉殿は大猫と戦ったのさ。ま、やつらは何を考えているのかわからんし、今度は本物を出すかもしれん。せいぜい、マタタビランチャーでも開発してくれるよう頼むさ」
「はあ。しかし、自分の正気を疑われるのはちょっと」
「この戦車に乗った時点でもう、正気なんてもんはないと見られてるから、安心しな」
「・・・はぁ」
  ためいきを一つつくと、神崎一等兵は前線本部へ戻るべく、士-10号車のアクセルを踏んだ。
  大猫の死骸ではなく、廃虚の山を後にして。

(2004/11/27)

 

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