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その名は志道祥子

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 携帯が鳴る。ハンドルから手を離して出る。
「お前今、福間市に向かってるだろ。至急進路変更して近くの相祖村(あいそむら)へ行け」
上司からの指示だ。「なぜですか?」と聞きながら、カーナビに目的地を入力。
「今お前がやってる仕事は後回しだ。村の佳後集落(かごしゅうらく)というところで事件が発生したらしい。警察からの正式な発表はないが、マスコミの動きがあわただしい。お前行って死体写真の一枚でも撮ってこい」
「死体写真? 殺人事件ですか?」
「大漁らしいぞ。詳しい位置は送るからナビに入れろ」
携帯からカーナビにさらに詳しい位置が入力される。ナビには山間部への道のりが示される。
 食い物屋の取材がいきなり殺人事件の取材かよ。まあ、人使い荒いうちは首切られないって証拠かな、と思いつつ、だんだん曲がりくねる道を進む。
 トンネルを抜け、細い道に入り、うっそうとした林の間の、もう家も見えない道を行く。どうやらこのぶんなら四時頃には着きそうだ。
 坂を登ると家々が点在している場所が見える。どうやらここが佳後集落らしい。警察車輌が見える。速度を落としながら進み、パトカーの後ろで車を止め、ビデオカメラを持って降りる。
 人の気配がしない。風が木々を揺らす音だけが鳴る。警官や、他社の取材はどこだ? 第一、立ち入り禁止のテープやブルーシートなど、殺人現場におなじみの物が、歩いていても見あたらない。
 と、どこか遠くでパンパンパンと、タイヤが連続して破裂したような音が聞こえた。そちらの方へ歩いて行ってみる事にする。
 途中で何件か家があったが人の気配はしなかった。よく見ると、玄関も開けっ放しであった。まあ、これは田舎にはよくあることかもしれないが、しかし、玄関は、開けたというより、引き千切られて倒されていた。異様な雰囲気に飲まれながら、カメラを向ける。さらにパン、パン、と音がする。道を急ぐと、路上に何かを持った人影が倒れていた。
 急いでかけよると、それは、腕章を腕ににつけ、カメラを持って倒れている男だった。さらにその先にも数名人影が倒れている。自分のカメラを置いて、抱き起こす。
「おい、大丈夫か、しっかりしろ」
「かいぶつが・・・」
だが、その男は口からごぼりと血を吐くと、それきり何も言わなくなった。
 いきなり近くでパン、パン、パン、と音がした。それはタイヤのパンク音ではなかった。警官が拳銃を撃っていたのだ。地面に置いていたカメラを手に取り録画しつつそちらにレンズを向ける。
 数名の警官が後ずさりながら恐怖におののいた顔で銃を向けていたのは――何だこれは?
 銃口の先には、およそ3mもの高さになろうかと思われる、人の形をした、怪物としか形容できないものがいた。太く筋肉の盛り上がった足、体毛に覆われた体、地面まで伸びた太い腕、手にはかぎ爪が何本も生え、背中から何本かピンク色の触手のようなものがうねうねと蠢いている。ただ顔だけは、人間のそれだった。警官の銃撃の跡だろうか、体中から赤い血を流していたが意に介さない様子で警官の方へ向かってくる。警官の一人が銃を向け、撃とうとしたが、突然その怪物が飛び、警官の上に覆いかぶさる。
「おぐぁ」
警官の腹の内臓が破れたらしい。さらに怪物は腕を振りかざすと
「ぐあおらがああああ」
と奇声を上げながら警官の頭を叩き潰した。文字通り、つぶれ、四方八方に脳が飛び散った。
「ひ、ひいい」
もう一人の警官が逃げ出そうとしたが、怪物は、近くの警察車輌をつかむと持ち上げ、投げつけた。メキッという音がして警官の背は折れたようだった。
「逃げて! 右の林へ!」
突然腕を掴まれ我に返る。タタタ、タタタと連続で銃撃音がすぐ隣からする。怪物の目にあたったようで、怪物は一瞬ひるみ、「ぐああああああぁぁぁ」と咆吼を上げる。
 俺の手を引っ張って走ったのは、まだ高校生くらいの女の子だった。長い黒髪をポニーテールにし、皮のジャケット、デニム、短ブーツといういでたちで、反対の手には短機関銃を握っていた。
 林の中をすり抜けるように走る。手入れされていたらしい林は、なんとか転ばずに走れる程度には平らだった。
「目に当てたからしばらくは追ってこれない、けど再生するかもしれない」
走りながら女の子が言う。
「こっちにお堂があるの、そこにひとまず避難しましょ」
目的の場所は小道に通じた、少し拓けた場所にあり、中央に四畳半ほどの人が入れるお堂があった。
「さ、入って」
中に入って、人心地つく。運動不足の体には、このランニングは応えた。
「質問がたくさんある」
息を切らしながら俺は言った。
「あれはなんだ? 何が起きている? 君は誰だ? その銃はなんだ?」
彼女は答えた。
「あれは見たとおりの物。怪物。それだけ。日本中にはびこっているわ。知ってるでしょ。この一年で異様な凶悪殺人事件が増えているのを。あれらの仕業よ。あと私は少なくともあなたの敵じゃないわ。この銃、多分SATのものじゃない? 落ちていた、というか死体が握っていたのを拝借してきたのよ。ところで、あなたこそ呑気によくこんな所にのこのこ来れたものね」
「俺は取材、仕事だよ」
「よく生き残れたわ。運がいいのね。他の連中はみんな殴り殺されたみたい」
「来たばっかりだったからな。事件の概要もよく知らないんだ。本当は食べ歩きの取材に行くはずだったのに、途中で上司からここに行けと指示されて、何が何だか分からない」
「私は警察への第一報で知ったの。まあその辺りの手段は秘密だけど、来た時にはひどい有様だったわ。集落の全員は撲殺、扼殺、喰い殺され、無惨にも放り出されていた。警察は始め事態を把握して無かったけど、あれを見たらもう、パニックになっていたわ。初動で動いた連中は全滅。じきに応援も来るかもしれないけど……」
「ここから脱出するにはどうしたらいい?」
「車は役に立たない。多分エンジン音で気取られてすぐ潰される。あれと戦うしかないのよ」
彼女は残弾を確かめるように銃を見てから言う。
「この集落からは逃げられない。ここにもじきに匂いをたどってやってくる」
「なんてこった――あの怪物のことに詳しいんだな、なぜだ」
こう尋ねると、薄明かりの中、少しさびしげな表情をみせたように思えた。
「ずっと私は戦っている、あれらと。自分自身と」
と、突然彼女が扉から俺を外へ突き飛ばした。
「逃げて――」
何も気配を感じなかったが、すでに怪物がそこに来ていたのだ。お堂の側壁をそのかぎ爪でバリバリと引き裂き中に入ってくる。お堂は支柱を失い崩れ落ちる。俺は突き飛ばされ、階段から転げ落ちた衝撃でクラクラしながら立ち上がる。彼女はつぶされたお堂の中にまだいるはずだ。
「おい、大丈夫か!」
「があああぁぁぁ」
と怪物は咆吼をあげながら、崩れた屋根を吹き飛ばすと何かを思いきり踏みつけた。床が抜け、さらに怪物は廃墟と化したお堂を手で払いのけると、二度三度地面に向けて足を叩きつける。
その足の下には、彼女がいた。さらに怪物は足を上げ、彼女を踏みつける。
「あぐ」
彼女の口から苦しげな声が聞こえた。俺は辺りを見回し、大きな石を見つけると、持ち上げ、怪物に殴りかかっていった。
「このー!」
「来ちゃだめ!」
その声で、途中で歩を止め、石を投げつけた。石は怪物の体に当たったが、ダメージを与えられたかどうかは分からない。しかし、こちらに注意を向けることは出来た。
 その目のつぶれた顔を俺に向け、こちらに歩みよると、「ごああああぁぁぁ」と咆吼し、腕を振ってきた。
 咄嗟によけたつもりだったが、怪物の腕は俺の胸をかすめた。俺はふっとび、地面に叩きつけられた。
「つ……」
服が切り裂かれ、胸が鈍く痛む。さらに怪物はこちらにゆっくり歩いてくる。
「こっちだ!」
今まで踏みつけられていた女の子が立ち上がり、怪物に叫ぶ。そして、手にした短機関銃を両手持ちで怪物の膝関節に狙いを定め、連射する。怪物は彼女に向き直る。さらに連射。全弾を撃ち尽くしたようだ。彼女は銃を捨てる。
「くそ、これでも折れないの!?」
彼女は怪物に突進し、今まで銃撃していた膝に向けて回し蹴りをみまう。
「固い!」
怪物は再び咆吼をあげ、左腕を振りかざすと、彼女に殴りかかる。
「危ない!」
俺は、脳裏に焼き付いた、あのつぶされた警官を思い出しながら叫ぶ。俺は目をつぶらなかった。怪物が渾身の力を込めた一撃は――彼女の右手にがっちりと受けとめられた!
 俺は驚く。あの力を腕一本で受けとめるなんて!
 怪物も少しひるんだ様子だった。が、今度は背中の毒々しいピンク色の触手がするすると伸びてきて、彼女の体に巻き付き、締め上げてきた。彼女は苦しげな表情を見せる。だが――。
「くっ、つああああ!」
彼女は巻き付いてきた触手を力任せに引きちぎってしまった。
「制御脳はどこだ!?」
彼女は、左腕の袖をまくると怪物に向かって突き出す。すると、ひじのあたりから、鈍く光る刃状のものが1mほど伸びた。
「このおおおお!」
彼女は渾身の力を込めてその"刃"を怪物の腹に突き刺す。
「ぐあああああぁぁぁ」
怪物は、今までとは違う雄叫びをあげ、彼女に殴りかかってくる。彼女は、だが、左腕の刃でその腕を切り落としてしまった! そして、右の拳を再び怪物の腹に叩き込むと、血の塊をもぎ取り出す。
「が……」
怪物は動きを止め、その場に崩れ落ちる。

「大丈夫? 立てる?」
彼女が歩み寄って来る。もう左腕には刃は形成されていなかった。
「運がよかったわ。こんなかすり傷で済むなんて。でもあばら骨が折れてるか、少なくともひびは入っていると思うわ。早く病院へ行ったほうがいい」
「君は一体――」
彼女は怪物の返り血を浴びた横顔を見せ、寂しそうに笑うと言った。
「私もあれと同じ、怪物」
「……」
「さ、早くここから去らないと、警察の応援が来てやっかいなことになるわ。車で来たんでしょ。止めた場所は? 運転出来る?」
「この程度の痛みなら我慢出来そうだ」
「肩貸すわ。あなたの車まで戻りましょう」
「面目ない……と思ったがこの身長差じゃ無理だ」
「そうね」
くすりと彼女は笑う。
 林の小道を抜けながら彼女に問いかける。
「君は? これからどうするんだ?」
「あの怪物の屍体を焼き払って」それから少し微笑むと「ちょっと警察が落としていった拳銃と弾丸をもらってから出て行くわ。私はバイクで来たから」
「そうか。いつからこんなことを?」
「ずっと前から」
「いつまでこんなことを」
「この怪物がいなくなるまで。何体いるか分からないけど、必ず。それが、私の存在する意義だから」
俺は黙った。彼女はこんなことをずっと一人でやってきたのだ。
「そう言えば、君の名前を聞いてなかった」
夕日に照らされた横顔を見ると、彼女は少し遠い目をして答えた。
「名前? そう――祥子。志道祥子」
志道祥子。そう名前を告げると、彼女は微笑んだ。まるでそれが自分の名前と確信が持てないかのように。寂しい笑い方だ、とふと思った。

 

(2012/9/15)

 

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