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その血の色は赤

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 階段をのぼりきり、角を曲がった途端、まるで場違いな所へ来てしまったような気がした。どこかのオフィスビルの広い廊下。行き交うビジネスマン達。だが、そのとまどいの次の瞬間、彼らは膨れ、伸び、裂け、異形の怪物へと変化した。コンマ01秒ののち、祥子は飛び、一番手前の敵の首をはね、回し蹴りを喰らわせる。それを合図に怪物達は一斉に襲いかかってきた。
 正面に正拳突き、後ろ回し蹴り、左腕のソードで突き抜き、腕を引きちぎり、右の足を払い、膝蹴り、目をくり抜き、はらわたをえぐり出す。飛び散る血、血、血。
 血?
 そう、赤い血だ。
 赤い血が流れているのは人間だ。
 私がしているのは、人殺し。
 私は殺戮者、私は屠殺者。
 私は死を導く者。
 見る間に廊下は血の海と化する。
 人間には赤い血が流れている。
 だが私には?
 私に流れているものはなに?
 私の血の色は何色。
 青?
 青い血、人間のものでは無い血。
 そう、虫の血。
 私に流れているのは虫の血。
 闘いはスローモーに流れ、祥子とは関係無くなる。どこか、遠いところの出来事を見ているのだ。
 剣が上から降りてくる。刃が左ひじに触れ、次に左腕が体から離れる。
 飛び散ったのは赤い血だった。
 赤い血、人間の血、私には人間の血が流れている――
 !!
 思考が、はまり込んでいた迷宮から一気に現実に引き戻された。
 しまった!! 左腕を切り落とされた!!
 一瞬襲った激痛はすぐに小さくなり、血の噴出も止まる。
 左腕を切り落とされた事自体は問題ではない。右腕の触手群さえあれば、またつけることが出来る。だが、今の、拳銃もヒートロッドも失ってしまった祥子にとって、左腕のソードが最大の武器だったのだ。
 なぜこんなときにあんな考えが――
 なぜL-4(エルフォ)は止めてくれなかったの――
 だが、祥子は忘れていたのだ、もう随分前、L-4が沈黙したことを――多分、永久に。
 そしてまたこの思考が行動を遅らせた。左腕を拾おうとしたところを下から蹴り上げられてしまい、左腕を奪われたのだ。四方八方から襲い来る怪物達。祥子は、自分の左腕を切り落とした、その怪物の頭を叩き割り、その剣(ソード)のついた醜い左腕を引きちぎり、そのソードで周りの敵を薙ぎ払い、自分の左腕を探す。奥で口にくわえられているのが見えた。ソードで正面の敵に斬りつけ、背面の敵に背中の三本目、四本目のサブアームで応戦し、右腕の触手群を展開して、右の敵の首にからませ締め付ける。
 悪魔的な連続時間。

 真っ赤な肉塊群だけとなった、回廊。自分の左腕を探す祥子。ようやく、下半身が千切れ転がっている死体が、口にくわえているのを見つけた。
 ――しかし、噛み砕かれ、"それ"はもはや使い物になりそうにはなかった。

 累々と横たわる血みどろのしかばねをあとにして、歩きはじめる祥子。左腕は――ついていた。
 ――醜く膨れあがり、爪が異様に長く、そしてソードのついた、血まみれの怪物の腕が。

 しかし、どんなことがあっても先へ進まねばならなかった。
 祥子に赤い血が流れている限り。

 

(1989/7/26)

 

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