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その選択が正しいと彼は信じる

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「―――ここで私は皆さんに重大な決定をお知らせします。我が国はこの攻撃に対して報復攻撃は行いません。無論、このミサイル攻撃に対しては現在も迎撃努力が続けられています。しかし、残念ながら全てのミサイルを打ち落とすのは極めて困難なことです。残ったミサイルにより、我が国の人口の三分の二は死に、国土は壊滅するでしょう。―――これは事実上我が国の消滅を意味します。

「しかし、我々は報復攻撃は行いません。なぜか。ここで考えてみて下さい。我々の報復が何を意味するかを。
 我々の報復核は、更なる核攻撃を呼び、やがて世界に飛び火し、地球は核の炎につつまれるでしょう。まさに最終戦争、ハルマゲドンの到来です。この戦争の後、地球は草一本も残らない死の星と化すのです。全ての文明は失われ、生命も消滅する。放射能が消え、また進化が始まり知的生命体が生まれるまでまたなんと長い年月がかかることでしょうか。

「我々人間だけでなく、草や木、罪のない動物達をも全て死滅させるハルマゲドンはもはや避けられないのでしょうか。いや、我々はそんなに愚か者ではないのです。我々にはそれを避ける方法がある。それが、すなわち、私が報復命令を下さないことなのです。皆さんの中には、もちろん、報復すべきだと考える方もおられることでしょう。ですが、私は、国民の代表たるこの私は、あえて報復はいたしません。なぜなら、私は、この国の一国民であると同時に、この星の一住人であるからです。私は、無論この国を滅ぼしたくはありません。しかし、しかしそれ以上にこの星を滅ぼしたくはないのです。

「この星は美しい星です。宇宙に浮かぶ青い水球。宝石のように美しく光り輝く。だが、この星が、いとおしく感じられるのは、その外面の美しさだけではなく、この星が、『生命の母』であるからなのです。我々を優しくつつんでくれるこの大いなる母をいとしく思わない者はいないでしょう。どうか私の決断を許して下さい。しかし私にはこの優しい星を汚すことはできないのです。

「もう間もなく最後の瞬間(とき)が訪れようとしています。皆さんの多くが天に召されることでしょう。しかし、今でも私は、我々には罪が無かったと考えています。

「今はただ、生き残った世界中の人々が、我々が報復攻撃を行わなかった意味を考え、よりよい平和な世界を築いてくれることを信じましょう―――
「願わくば、生き延びた地上の全ての命ある者達に神の祝福があらんことを―――」

 

(1991/3/4)

 

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