index >> 小説置き場「悪夢は」 >> 紫月

 

紫月

--


 さっきから後ろを着いてくる足音が気になってしょうがない。住宅街だし、街灯も明るいのでいつもは気にならなかったのだが、ここはほとんど人が通らないのだ。別段つけている様子ではないのだが、次第に不気味に思えてくる。次の角を曲がって様子を見ようと考えていたところに、彼女は後ろから声をかけられた。
「すいません、ちょっとお聞きしたいのですが」
「はい?」
  意外に丁寧な、落ち着いた男性の声に少し気をゆるめ、彼女は振り向いた。

  その顔面にハンマーを振り下ろす。鈍い音がする。一瞬彼女は何が起こったのか分からないようだった。そして突然知覚された痛み。自分が何をされたか分かったと同時に声を上げようとした彼女の口に更に一撃。くぐっもったうめき声しかだせず、顔面を押さえて地面に崩れ落ちる彼女。その上に馬乗りになり押さえた手の上からまた一撃。手をはがして鼻、目、あご、と次々打撃を加えてゆく。必死で声を上げるが、男は容赦なくハンマーを振り下ろしていく。次第に弱くなっていく抵抗。頭蓋を割ろうとするころにはもう既に彼女は動かなくなり、そしてそのころには初めの一撃ほどの興奮もなくなり、ただ作業を終えるかのごとく、頭にハンマーをふるっていた。

 原型をとどめぬほど、ひしゃげてしまった顔を見て、ようやく関心もなくなった男は、立ち上がった。次第にルーチンワーク化してゆく行為。段々現実感が薄れていく。結局、こんな行動でも、自分の世界に対する喪失感を取り戻すことは出来ないようだということにようやく気づく。

「一仕事やりおえたご感想は?」
突然背後からかけられた声に驚く。一気に噴出するアドレナリン。顔が紅潮するのが自分でも分かる。現実感が取り戻される。いや、現実が喪失されていたなんて考えていたのは単なる自分の錯覚だったのだろうか。自分の殺人を、目撃されてしまったのだ。
「罪もない人を殺す気分はどう。血が騒いだ? 興奮した? 面白かった?」
顔を見られるかもしれないと思いつくより先に、振り向いてしまう。
「誰だ」
「私? 私は・・・。そう、紫月。」
自分の、この常識的に考えれば残酷な行為を平然と見ていたのは若い女だった。 暗がりの中、ゆっくりとこちらに近づいてくる。
「別に何も考えてないみたい。・・・その方が、より罪深い。理由もなしに、殺し、死体を壊す。楽しみでもないの?」
街灯に浮かび上がったその顔を見た男は驚愕する。さっき叩きつぶした、下に横たわっている女の顔によく似ていたからだ。驚き、下を見るが、既に原型をとどめていない顔を確認するのは不可能だった。もう一度、立ち止まった女の顔を見る。
「何を驚いているの。分かった。あなたには私の顔がその人のと同じに見えるの。そう、それも面白いかもね。」
男はまた次第に冷静に、無感動になる自分に気づく。結局ただのそら似だと考える。あと、決めなければならないのは、逃げるか、それとも。男は後者を選び、ハンマーを握りしめる。
「私を殺すことに決めたの。そう、三人でもまだ足りないんだ。何人殺しても、罪の意識も感じず、自分が何をしているか、自覚出来ない、あなたは、もう生かしておく価値がない。私がここで、天誅をくだしてあげる」
紫月は両手を前に差し出した。まるで何も持っていないことをわざと男に見せるかのように。男はハンマーを振りかざす。しかし、再び驚愕する。何も持っていいなかったはずの紫月の手に刀が握られていたからだ。
「おとなしく、殺されなさい」
紫月が刀を突く。突然のことで男はよけることが出来なかった。腹に突き刺さる切っ先。じわりと痛みが広がる。あわてて刀を押さえると紫月が刀を引き抜き、指が切り裂かれる。更にもう一撃。今度はもっと深く。そして紫月は刃を回した。
「どう、おなかが破れていく感触は。もうこれであなたは助からない」
ハンマーを落として腹を押さえる男から刀を引き抜く。
「内蔵がね、破れる感触が伝わってきたの。自分でも分かった?」
男はよろよろと後ずさり、壁に背をあずけ、ずるずると崩れる。叫び出したいのに、あまりの痛みに声がでない。自分がもう助からないというのが信じられない。
「たすけてくれ」
「だめ。ここであなたは死ぬの。苦しみながらね。どう、今の気持ちは。あなたの殺した三人もこんな気持ちだったの。わかるでしょう」
紫月は男の右胸に刀を突き立てる。男は血を吹き出し、むせる。息をしようとするが、吸うことが出来ない。
「せつないでしょう、死にたくないでしょ? とても苦しそうな顔してる。」
眼球に突き立て、鼻をそぎ、耳を切断する。
「この目は何を見たの。この耳は何を聞いたの?この鼻は血の臭いを嗅いだの」
男の顔をのぞき込む紫月。ごぼごぼと口から血を吹き出し、片目から涙を流しながら、男は紫月を見る。
「痛い?悲しい?せつない?助かりたい?」
「どうしてこんなことをするの。紫月さん」
「楽しいから。人の苦しみを見るのが、死ぬところを見るのが楽しいの」
「人を殺すのはよくないんだよ」
「うるさい。この男は殺人犯なんだ」
「警察にまかせればいいのに」
「うるさい!!」
顔を上げる紫月。そこには、学生服を着た男の子が立っていた。
「消えろ小泉」
紫月は刀を一閃させる。男の子は暗闇に消える。
「その人は"それ"でもないのに」
紫月の横から声が聞こえた。
「うるさい!!じゃまするな。何で切れないんだ!?」
再び真横に刀を振る。
「だって僕はここにいないもの。」
刀の届かないところから声が聞こえる。
「そこにいない小泉の声がなんでするんだ」
「僕は紫月さんが作り出した幻影だから。ほら、そこの人と同じに」
男の子の指さした、そこに男が立っていた。
「痛いよ痛いよぉ」
男の死体は下に転がっている。
「紫月さんにしか僕は見えないんだ。だって紫月さんの作り出した幻だから。紫月さんと同じく、もう死んでるから」
「私は生きている」
「僕が生きていると同じ意味なら紫月さんも生きてるけど、その人も僕ももう死んでるんだ」
「うるさい!!」
「もう、紫月さんも死んでるんだ」
「だまれ」
立ち上がってまた刀を振る。男の子の声が消える。男の幻影も消える。足下を見ると、男は完全に事切れていた。もう興味を失ったように、紫月は死体にはそれ以上目を向けず、立ち去る。
「もう誰もここにはいない」 男の子の声。
「顔が痛いよお」 女のうめき。
「でも、ここには誰もいないんだよ」
沈黙。ただ、二つの死体だけが後に残される。

 

(2001/1/1)

 

back