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静かなる死刑

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 そこには、人々がいた。うつろな目をした人々がいた。あるものは空―それは本当に空なのだろうか?―を見やりながら立ち、あるものは土と岩ばかりの地を見ながらうずくまっていた。その人々がいるところは、何もない荒涼たる土地である。

 何かの音がかすかに聞こえる。人々は、何事かと耳をかたむけ、やがてその音の主を知る。"あれ"がやってきたのだ。人々はおびえはじめる。

 "それ"の巨体が人々の視界に入ってくる。上部には赤く点灯しているランプ(人々はそれを目だと思っている)が取り付けられ、左右の巨大なキャタピラ(無論その回転するものがキャタピラと呼ばれていることを人々は知らない)で人々に徐々に迫ってくる。そして恐るべきはその"口"である。大きな下あごで人を捉えてむさぼり喰らうのである。

 人々は逃げはじめる。だが、それが無駄だということはわかっている。一度"それ"につけ狙われれば、もはや逃れる術はないのだ。"それ"はどこまでも追いかけてくる。最後には壁際―この壁は高く、先は見えない。そしてどうやらこの土地を囲んでいるらしい―に追いつめられ喰われてしまうのである。

 一人、また一人と喰われていく…。

 "それ"が動きを止めた。人々も逃げるのをやめ、"それ"を見つめる。しばらくすると、"それ"の目の色が「赤」から「青」に変わる。人々はおずおずと近づき、やがて群がる。

 "それ"の目が「青」になったとき―今度は人々の食事の時間なのである。"それ"の後部より、一人分づつの食料が次々と出てくる。人々は黙ってそれをうけとる。こうして全ての人々が食料を受け取ったとき、"それ"はまた動きはじめ、何処かへ去って行くのである。どこへ帰って行くのかは誰も知らない。

           *          *          *

 一人の若者が"赤目の怪物"に追われていた。若者は必死に走る。"赤目の怪物"は執拗にそれを追う。

 若者が小高い丘の陰に回り込む。続いて"赤目の怪物"も回り込んだ。ところが、そこには若者はすでにいない。彼は丘を登っている。怪物も、その後を追う。だが、その途端、地面が崩れ、怪物は穴にはまってしまった。若者が落とし穴を作っておいたのだ。体制を立て直し、這い上がろうとする怪物。それをめがけて、さらに若者は大きな岩をいくつも丘の上から落とす。岩は怪物を直撃した。やがて怪物は動かなくなり、目の赤い光も消えた。

「やったぞ、ついに怪物を殺した! これでもう誰も喰われずにすむんだ!」
若者は力いっぱい叫ぶ。

 人々が、怪物の屍体の回りに集まる。怪物の目は、赤くも、そして青くも光らない。人々は、あいかわらず ―あの若者をのぞいて―うつろな目をしていた。だが、次第にその顔には困惑の色が浮かんできた。"青目の怪物"はもうどこにもいないのだ。

 人々は互いに顔を見合わせ、そして互いの体を眺めながらじっと佇んでいた。

 

(1990/2/5)

 

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