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砂漠に、希望は

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 数時間も走っているというのに、同じ光景ばかりが、延々と続く。砂、砂、砂。年老いた現地人ガイドが、窓の外を眺めながら、しきりに何かつぶやいているので、若い通訳に聞くと、「昔はこんなにまではひどくなかった。まだ草木は残っていた」というようなことを繰り返しつぶやいているのだという。

 この地方の取材の話が持ち上がったとき、私は真っ先に志願した。理由は単純だ。地平線まで広がるという砂漠をまだ見た事がなかったからだ。しかし、実際にその異様を目のあたりにして早くも後悔し始めていた。

 物憂い気分で窓の外を見やっていると、通訳が話しかけてきた。
「向こう遺跡のうえに人が座っているとガイドが言っています」
まだこの地が緑の大地だったころ、栄えていた文明の名残の岩だった。私は久しぶりの変化に興味をそそられた。そこで、ドライバーの休息も兼ねてそこへ向かうことにして、後続の三台にもその旨伝えた。

 まったく砂漠にそぐわない光景だった。岩の上に、たった一人で座っている。他に何も無し。車などは見あたらない。そしてそのいでたち。黒のマントを羽織っている。そのマントにかかる黒い髪。それと対照的な白い肌。女性だった。

 近づいて行くこちらをチラリと見ると、ふわりと下へ降り立った。驚いた事に東洋人のようだった。
 通訳に話しかけてもらう。彼女は通訳に何か答えたが、すぐにこちらを見、そして言った。
「遙か昔、友がこの地で死んだ――」
日本語だった。

 うつろな目で砂漠を見やりながら彼女は続けた。
「彼は、私が心を許したたった一人の人間だった――
彼は、この地が好きだった――
彼の生きていた頃は、まだここには緑があった――
彼の夢は、ここを更に緑豊かな大地にすることだった――
けれども、今では砂の世界が広がるばかり――」

 どこから取り出したのか、一本の苗木を彼女は遺跡のそばの砂に植え、水筒の水を、苗の周りの砂に注いだ。水はすぐに砂に消えていった。
 私は、何か言いかけたのだが、その前に彼女が言った。
「必ずこの木は育つだろう。彼の"願い"がまだここには残っているから」
 彼女の言葉は分からずとも、彼女の行為は分かったのだろうか、ガイドは、目に涙を浮かべて苗の前に跪き、自分の水筒の水を苗の周りに注ぎ始めた。砂漠では貴重な水だったが、誰もとがめる者はいなかった。

 ふと気がつくと、彼女はいなくなっていた。岩場の周りを探したが、どこにも姿は見あたらない。車の方で休んでいたスタッフに聞くと、彼女が岩の影に入ったかと思うと、砂塵が舞い上がり、それが収まったときには姿は消えていたという。
 幻だったのだろうか。だが彼女の植えた苗木は存在していた。

 去りがたそうなガイドを促して、私達は車に乗り込むと、また元の行路に戻った。行く手にはいつ果てるとも知れぬ砂漠が延々と続く。本当に彼女の言ったように"願い"は――そして"希望"は残っているのだろうか。

 いつかまた私はこの地へ戻らねばならない。彼女の植えた苗木が巨木に育っているのを見届けるために。

 

(1989/2/6、2012/11/26改稿)

 

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