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リュウゼツランと肺

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「もう私のことは忘れて。あなたは私の代わりに幸せになって」
咳き込みながら、彼女は言った。彼女の部屋は、二階の南の角部屋。斜面に立てられたこの大きな家の見晴らしのいい窓からは、きれいな町並みが見える。以前は大きな木が何本も植えられていたのだが、彼女のなぐさめになるようにと、全部切り倒してわざわざ景色が見えるようにしたのだ。
 寝たきりになってしまった彼女の手を握り、僕は言った。
「そんなことは言わないで。君が生きていることが僕にとっての幸せなんだ」
彼女は奇病に冒されていた。肺にリュウゼツランが根付いているのだ。幾人もの医者に診せたが、どの医者も匙を投げてしまった。彼女は次第に弱っていく。
 ある医者の一人はこう言った。
「花が咲くまで持ちこたえれば」
リュウゼツランが咲くのは数十年に一度だ。それはただの絶望の言葉だった。

 ある日、彼女と一緒に窓から遠くの景色を眺めていると、一人の男が訪ねてきた。
「私なら元気にすることができますよ」
本当だろうか。僕は一縷の望みを託してその男に全てを任せた。
 すると男は大きなナイフを取り出し、彼女の胸をざくざくと切り開いてリュウゼツランを取り出した。そしてリュウゼツランを庭の片隅に植えると水をやった。彼女の肺の中で弱っていたリュウゼツランはみるみる元気を取り戻し、大きく育ってやがて花を咲かせた。
「どうです、元気になったでしょう」
そう言うと男はいずこか知れず去っていった。
 僕は彼女の死体をかたずけると、ただただリュウゼツランを見上げながらため息をついていた。

 

(2010/10/13)

 

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