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思い出のお店

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 土曜の午前、今日もいい天気だ。ここに新築の家を建て、引っ越してきてからあちこちと散歩するのが土曜の習慣になっている。妻や娘と一緒の時もあるが、今日は一人だ。今日は、だいぶ家を離れて半地下にある線路をまたぐ橋を渡ってみる。
 みんな出かけているのか人通りはない。猫が道ばたに寝そべっているくらいだ。
 古い住宅地の十字路の一角に、店があった。道の両側に二件。どちらも、古い鉄筋アパートの一階が店舗になっている。
 右側の四階建てのアパートの一階の店を見てみる。こんな住宅街に店を出してやっていけるのか、と思ったら、案の定空き店舗だった。鍵はかかっておらず、解放されている。戸にところせましと貼られた張り紙には「オープンセール!」と書かれていたり、「大セール」だの「金曜セール」だのと書かれていたが、半ばはがれかかっていたそれらの日付は大部昔のものだった。今は店舗だったところは、椅子が一つ転がっているだけだった。結局張り紙を見ても何の店だったのかは分からなかった。
 左側の、同じく四階建てのアパートの一階の店は、まだやっているようだった。こちらもガラス戸が開かれていて、「切手」という張り紙が貼られていた。好奇心に駆られて中を覗いてみると、薄暗い店舗の中に、カウンター兼ガラスのショーケースが正面に一つ、そして左右に棚があった。店主がいないが、開いているということは、入ってもいいんだろうと勝手に解釈して店内に入った。
 正面のショーケースの上には古い封筒が雑然と置いてあった。ああ、そう言えば古い切手が貼られた封筒はエンベロープと言ってそれだけで価値が上がるんだっけ、と子供の頃に少し自分も収集していたときに仕入れた知識を思い出す。それにしても商品をこんな風にむき出しに置いておくなんて。ショーケースを見渡すと、あきれた事に、現金の置いてある箱があって、「お代はここへ」と書いてある。ここは、田舎の野菜直販所のような、無人店舗なのだ。よくまあ、泥棒に入られないものだ。
 左側のショーケースを眺めてみる。猫の切手だけを集めた袋、なにやら古い分厚い本。アニメの切手の未使用シートもある。最近の切手の図柄はなんでもありだな、と思いつつ、切手なんて貼られた郵便物なんて何年も見てないことに気付く。
 私が子供の頃には切手を集めるのがブームだったんだよな、切手カタログが欲しくてたまらなかったっけ、と懐かしい記憶を思い出す。ショーケースの上に置かれた八十円の、大きな桜の切手が貼られた封筒を手に取ってみる。宛名はどこか懐かしい名前のような気がしたが、誰に似ていたのか思い出せなかった。
 娘に猫の切手でも買っていってあげようか、と思ったがあいにくと財布を持たずに(ついでに携帯も持たずに)出かけてしまったのに気付いた。残念だがまた次くればいいさ、と思い、いや、無人なんだから・・・とよからぬ考えが頭をよぎり、あわててその考えを振り払うと、さっきの料金箱の脇に古ぼけたノートがあるのに気付いた。そこには「思い出をありがとう」など、感謝の言葉が綴られていた。

 次の土曜にまた来てみると、今度はその店には「プラモデル」という張り紙が貼られていた。切手は止めたのか? と、少し残念な気持ちがわき上がるのと同時に、さすがに今さらこの歳でプラモデルを見るのもなぁと思ったが、好奇心に駆られ、あたりを見回して誰も見ていないことを見計らうと、店内に入った。
 相変わらず無人の店舗は、案の定乱雑に模型が並べられていた。よく見ると、どれもこれも今の流行りのものではなく、私が子供の頃にやってたテレビアニメの模型だった。こんなものが再販されていたのか、と懐かしくなり、ロボットの模型を一つ手に取って箱を開けてみると、部品が中途半端に取り外され、もう固まった接着剤のチューブが入っていた。その隣のものも、その隣のものも、デッドストックではなくて、どうやら作りかけて飽きて放り出されたらしかった。
 そう言えば私も飽き性だったなぁ、と苦笑いしてその日は店を出た。

 また店に来てみて驚いた。「今日で閉店」と張り紙がしてあったのだ。そしてその隣に「今日は写真」と張り紙がしてあった。
 店内に入ると、がらんとしていて、品物は何も無かった。ただ一つ、正面のショーケースの上に写真立てがあった。犬と、中学生くらいの子供だ。私はその写真に驚き、そして、自然と涙が出てきた。
 その写真は、昔飼っていた犬のコタロウの写真だった。小学校・中学・高校と一緒だったが、大学に進学し、地元を離れて最後に会えなかった愛犬の写真だ。
 ぼろぼろと涙が出てくる。値段を探すが書いてない。どうしたものかと思っていると、いつの間に立っていたのか、ショーケースの向こうの赤いリボンのついた黒い帽子をかぶった、少しうつろな目をした長い髪の女の子が微笑みながら言った。 「それはお金はいらない。それはあなたをずっとここで待っていたものだから」

 家に帰り、犬の写真をしげしげと眺めていると、妻と娘が買い物から帰って来た。愛佳は目を輝かせながら、
「すっごく大きなショッピングセンターだったよ、映画館もついてるの。今度はお父さんも一緒に行こうよ!」
と言った。そして、私の手元の写真を見つけると、「なに、その写真?」と聞いてきた。
「昔お父さんの飼っていた犬だよ」
「へー名前はなんていうの?」
「ないしょ」
「えーずるい、教えてよ!」
「よくそんなのあったのね、あの時お父さんの実家全焼したじゃない」と妻。
「ああ、これだけ残ってたみたいなんだ。そうだ、愛佳、明日この間見つけたドッグランに行ってみようか」
「わーい、コジロウも喜ぶね! コジロウ!」
「フンフン♪」
愛佳もコジロウもはしゃぎ回っていた。私は愛佳にはコジロウとたくさん思い出を作って欲しいと思った。

 

(2011/3/25)

 

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