index >> 小説置き場「悪夢は」 >> 呪いの理由

 

呪いの理由 

--

 その食堂ははやっていないらしく、お昼時だというのに席は空いていた。備え付けのTVは昼のニュースを流している。そのニュースキャスターが、昨日起きた殺人事件を報じ始めたとき、食堂の新聞の、ちょうど同じ事件の記事を読んでいた祥子はTV画面に目を移した。
「今年に入り5件目の猟奇的な事件・・・」
「せまい範囲での凶行・・・同一犯・・・」
「犯人は大柄の男か・・・」
「警察の対応は・・・」

「"大男"か」
 誰かがバカにしたような笑いとともにこうつぶやいたのを祥子は聞き逃さなかった。声の主は祥子の二つ隣の席に座っていた、やせた小柄の中年の男だった。その男はニュースが終わると席を立ち、食堂を出ていった。

 その日の深夜、この事件の捜査本部が置かれている警察署に忍び込むものがいた。志道祥子。だいたい、今まで警察の捜査が役にたった試しはない。しかし相手―おそらくはX-biorg―の行動パターンが見えるかも知れない。だが、今回は違っていた。捜査線上にはある一人の人物が浮かび上がっていたのだった。その男は殺された人物全てに恨みをもっていた。捜査ファイルの中のその容疑者の写真―それは、祥子が昼に出会ったあの男の物であった。

「100%あの男に間違いないですよ。なのにあの野郎―」
「まあそういきりたつな。まだ状況証拠だけだし目撃者も物的証拠もなにも確定していない」
「しかしあの野郎、さもバカにしたように受け答えしやがって」
 その次の夜、土手沿いを走るこの車の中の二人刑事はたった今、男のアパートを後にしてきたところだった。暗に男にもう逃げられないのだ、ということを悟らせようとしたつもりだったのだが軽くあしらわれてしまったのだった。
 ヘッドライトに浮かぶ人影。急ブレーキ。人影は川の方へ。二人は顔を見合わせる。
「奴だ!」
「張り込みは何をしていたんだ!」
 二人は車を降りて河原へ。そこには男が立っていた。
「どういうつもりなんだ!」
駆け寄る二人に男は狂ったように笑い声を上げながら叫んだ。
「この犬供が! 人のことをこそこそ調べつけまわしやがって!! 貴様らも、張り込んでいた奴と同じように挽肉(ミンチ)にしてやる!」
 二人の目の前で信じられないことが起こった男の体がみるみる膨れあがっていったのだ。男は― その怪物は茫然としていた刑事の一人に掴みかかると、腕を引きちぎった。その悲鳴でようやく我に返ったもう一人が拳銃を取り出したときには、もう同僚はつぶれた肉の塊でしかなかった。拳銃を乱射。何発かは当たったはずなのだが、かまわず向かってくる。怪物の握り拳が飛ぶ。かすっただけだったが、刑事は頬の肉を削ぎ落とされ吹っ飛ぶ。立ち上がって逃げようとする刑事にとどめを刺そうと怪物がゆっくりと近づいてくる。

「止めろ!」
 その時、怪物の前に立ちふさがる者が現れた。祥子だった。
「バカなガキめ、お前から先につぶしてくれる!」
怪物は祥子に殴りかかった。が、その拳を祥子はがっちりと受け止めた。
「こ・・・んなバカな! まさか、おまえも!?」
「まさかとは思ったけど、あなたは理性を保っているのね、形質発現―怪物化しても記憶が残っているのね! それなのになぜこんなバカなことを! これじゃ本当に身も心も怪物化してしまう!」
「ガキに何が分かる! こいつらは俺をバカにしているんだ! そして今まで殺してやった奴もな。役立たずだのぐずの小男だとさんざん罵られてきたんだ! お前にこのつもりつもった恨みが分かるか!」
「そんな、そんなささいな、自分勝手な理由で幾つもの人の命を奪ってきたの!!」
「それだけの理由だと!! お前にこの心の痛みが分かってたまるか! ・・・そうか、思い出したぞ。どこかで見た顔だと思っていたが、お前あの時の―あの施設を破壊したのはお前だな? そのおかげで俺はこうしてここにいるわけだがな。お前さっき俺を身勝手だと言ったな? だがあの時お前は身勝手じゃなかったのか?」
「何?」
「忘れたとは言わせないぞ。お前はあのとき、何人、いや何十人を殺したんだ? 多分お前もそうだろうが俺は理由もなくあそこに連れ込まれ、訳の分からないものにされてしまった。他の奴もそうだろう。そういう人間をお前は自分が逃げるために殺したんだ。違うか?」
「―」
「反論できないだろうが!!」
唇を噛む。確かに、確かにその通りだったのだ。鮮やかに浮かび上がる忌まわしい記憶。この血塗られた呪縛の旅の始まり。

 私はいったい今まで幾つもの命を奪ってきたのだろう。私のしてきたことはいったい何なのだろう―。

「父さん! 人が倒れているよ!!」
 緊張した睨みあいを破る子供の声。銃声を聞きつけて通りかかった親子連れが駆けつけてきたのだ。あわてて子供を連れてひき返そうとする父親。チッと舌打ちをして飛び出した男。親子連れに襲いかかる。
「せっかくもらった力だ! 自分のために使ってどこが悪い!!」
「そんなことは正しいことじゃない!!!」
 一瞬遅れた祥子は飛び、油断した男にヒートロッドで斬りかかった。
 男の、首が、飛んだ。
「違う、そんなことは正しいことじゃない―そして私のしたことも正しいことじゃない」

 正しくはない。しかし続けなければならない。それ以外の方法を祥子は知らないのだから。

 

(1989/11/18)

 

back