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 歩行者用信号が点滅から赤に変わる。歩行者は急いでこのスクランブル交差点を渡りきる。よく晴れた日曜の午後。大きな商店街のアーケードに面したこの通りは、人々でごった返している。
 クラクションを鳴らす車。黒いスーツに身を固めた一人の男が、交差点の真ん中に立ち止まっているのだ。黒スーツの男は、クラクションを鳴らしたシルバーの乗用車の方を向くと、手に持っていた、鈍い黒色のものを向けた。と、同時に車のドアが開き、恐怖の表情を浮かべた顔の男が二人飛び出してきた。
 轟音とともにエンジンを破壊された乗用車が燃え上がる。黒スーツの男はさらに逃げ出した男の一人に拳銃を向けた。「ベチャッ」と嫌な音を立てて、頭の無い体が歩道に投げ出される。
 ようやく事態に気がついた歩行者達は、悲鳴を上げながら殺戮者から逃れようと必死に駆け出す。黒スーツの殺戮者は、逃げたもう一人の男を追い、アーケードの中に走っていく。そして前を走る逃げた男を狙い撃つ。男の左腕が人々の群れに飛び込んだ。恐怖に足がすくんだ人々の上に血が飛び散る。男はバランスを崩して転んだが、すぐに立ち上がり、人々の群れの中に飛び込む。
 黒スーツの殺戮者は舌打ちして叫ぶ。
「その男は"虫"だ!!」
「虫!?」
「虫だって!」
「イヤー!」
人々の顔に見る間に嫌悪の表情が浮かび、そして強烈な恐怖に変わった。人々は男から必死に逃げ、そして男は一人、シャッターの閉じた商店の前に追い詰められた。男の顔が絶望に変わる。黒スーツの男は素早く銃口を向け、最後の一撃を放った。だが、次の瞬間、男は信じられないほどの跳躍力を見せ、黒スーツの男の頭上を飛び、背後に降り立った。素早く男は、黒スーツの男に体当たりをかまして倒すと拳銃をはじき飛ばし、馬乗りになり右手で首を絞めた。そして、体をぶるぶるとふるわせ奇妙にくねらせた。突然、男の着ていたワイシャツが裂け、血みどろの触手が伸びてきて、自らの目をくり抜く。さらに、眼窩の奥から真っ赤な汁のしたたる脳を取り出す。そしてこじ開けた黒スーツの男の口に突っ込んだ。なおも触手は黒スーツの男の耳、鼻に入り込む。
 黒スーツの男は眼前の真っ赤なものをおしのけようともがいたが、拳銃が手の届く所にあるのを見て掴み、男の頭をぶち抜いた。切れ切れの肉片が黒スーツの男の顔にかかり、触手の生えた胴体が倒れかかってきた。黒スーツの男は死体をどけると、立ち上がり口の中のもを吐きだした。しかし、確実に幾片かは胃の中へと移動してしまったようだ。男は、傍らでのたうち回っている胴体に向けて一発撃つと、自らの口の中に銃口を突っ込み、引き金を引いた。

(1986/7/6初稿, 2011/3/14改稿)

 

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