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森より帰る

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 その森へ足を踏み入れた者は既に死んでいる者である。死んでいる者には"顔"や感情は無い。ただ森の奥へと進むだけである。

 だが、その者に、心の動きを生じさせる物が森の奥にある。木々の枝から幾つもぶらさがり、時折ゆらゆらとゆれているその物体―奇妙な果実―。しかし、心の動きといっても感情や気持ちではない。その者も、じきにその"奇妙な果実"となるのだという事実の確認だけである。その者は木に寄る。

 死が訪れる。いや、その者は既に死んでいたのだ。だから、死がさらに進んだ、ということである。

 木は枝に重みを感じると、香気によりその物を腐敗から守る。その物をいつかまた持ち主に返す時が来るからだ。

 魂は森をさまよい、森を知り、森に問い、森を考える。
 森は答えるのだろうか?

 魂は、帰る時が来たことを知る。帰るときが来たことを知った魂は、既に生きている。魂はその物に帰り、森はその者を帰す。

 森を出る者は生きている者である。森はただ生きている者を優しく見送る。

 

(1990/10/30)

 

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