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教会にて

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 ほおに当たる暖かい陽の光で目覚めた。祈る者ももう無い、朽ち果てた教会の軒先だった。教会の入り口の外の円柱に背を預けて陽香は眠っていたのだった。
 朝の、心地よい日差しが陽香の髪や肌に降りそそぐ。陽香は目をつぶり、しばらく光エネルギーを浴びることにした。鳥のさえずりと、風の音以外何も聞こえない。知らずに、陽香の口から歌が流れ出していた。

 風のささやきにふれる
 夢のつぶやきにふれる
 私は私にふれる
 それは、うつろいゆく
 はかないもの

 ふと目を開けると、五六人ばかりの幼い子供達が目の前に立っていた。教会の中で寝泊まりしているのだろう。
「もう歌わないの?」
ボロ切れのようなうさぎのぬいぐるみを胸にしっかりと抱いた少女が聞く。
「歌って欲しいのか?」
少女はうなずいた。

 たとえ体がなくとも
 たとえ心がなくとも
 想いは残る
 それが私の確かなもの
 それが私の全て

 陽香が歌い終わると、門から前庭にはいってきた、大鍋を抱えた女の子が大きな声で子供達を呼んだ。
「ごはんですよー」
 子供達は女の子の方へ駆け寄り、鍋の中身を一人一杯づつ受け取り食べ始めた。女の子はこの教会の子供達―多分、孤児達の世話をしているのだろう。陽香は再び目を閉じ陽の光に身をまかせた。

「あの、これをどうぞ」
陽香が目を開くと、女の子がお椀を持って立っていた。歳は陽香と同じくらいだろうか。もっとも、陽香は外見を固定化していたが。
「いや、私はいい」
「遠慮せずに、どうぞ」
子供のものだというので陽香が遠慮しているのだと考えたのか、強引に持たせようとする。別に食べずとも、光を浴びていればよいのだが、陽香は受け取った。
「大したものじゃないんですけどね」
女の子は陽香の隣に座ると少し寂しそうに笑った。お椀の中身は大根とほうれん草を煮たもので、少し醤油で味付けしてあった。
「おいしい」
陽香が言うと、女の子はニコッと笑った。
「やっとみんなで作った畑がうまくいきはじめたんです」
陽香が食べ終わると、女の子が尋ねた。
「あの、どこから来たんですか?」
陽香は答えず、ただ東を指さした。
「他所はどんな感じですか」
聞くのが怖いとでもいう風に、女の子は顔をふせる。
「どこも同じだ。廃墟と飢餓。ここのように自治体も形成されつつあるが―エクスバイオーグに襲われれば一巻の終わりだ」
「エクスバイオーグ?」
「ああ、―"怪物"のことだ」
陽香は口の端を皮肉そうにかすかに歪めて答えた。
「ここは怪物は出なかったんです。でも、こんなひどいことに―火事とか、食べ物の奪い合いとか―」
思い出したくないことがあるのか、女の子は自分の体を抱きしめ、身を固くした。
「日本中、どこでも同じなのかな。―それとも、世界中?」
「多分」
「どうしてこんなことになっちゃったんだろ―分からないですよね」
「―」
少し沈黙が続いた。前庭で遊ぶ子供の声だけがあたりに響く。しばらくして、無理に明るく女の子が言った。
「でもここは恵まれてる方ですよね。野菜もとれるようになったしきれいな川があるから魚も捕れるし、何とか生活出来るようになったから」

 ふいに女の子が言った。
「あの、もしかしたら二階堂陽香さんじゃありませんか?」
「 ―よく知ってるな」
「そうなんですか!? さっき、歌声を聞いたとき、きれいな声だな、天使の歌声みたい、と思って、そしたらテレビで見たこと思い出して。でも、なんか話してみたら感じが違うし。わ、ゴメンナサイ・・・」
「マスメディアは虚像だからな」
「そうなんですか?」
「ああ」
「―あの、これからどうするんですか?」
「暫くしたら出ていく」
「そうですか―外は、危険じゃないんですか」
陽香のかたわらの刀を見やりながら、女の子は聞いた。
「―狂った、暴徒化した人間。エクスバイオーグ。そんなものがいくらでもいる。ここも、万が一のことを考えた方がいい。シェルターを用意するとかな」
「 ―あの、―もしよかったら、ここで暮らしても、かまわないです。さっき言ったとおり、少しゆとりが出てきたし、これから人手が逆に必要になると思うし」
「気持ちはありがたいが遠慮しとくよ」
「・・・そうですか」
残念そうに、女の子はつぶやいた。

 突然、子供の悲鳴が上がった。門のところにいた男の子の首に何か"ひも"のようなものがからみついている。その"ひも"の先は、門の外にある樽のようなものから伸びていた。それは、人間の下半身を奇妙に歪ませたようなものだった。
 "それ"がのそのそと歩きながら、次々に触手を飛ばし、子供にからませる。子供達の泣き叫ぶ声。立ちすくんだまま触手に貫かれるうさぎの少女。転ぶ男の子の頭に巻き付く無数の触手。
「早く教会の中へ!」
「よせ、もう遅い!」
陽香が止める間もなく、子供を助けようと女の子は飛び出す。からんだ触手を引き剥がそうと、女の子は転んだ男の子を抱き上げたのだが、その男の子が突然腕にかみついてきた。
「きゃあぁぁ」
悲鳴を上げる女の子に次々と、神経系をのっとられた子供がとりつき、四肢にかみつき、肉を引きちぎる。陽香が刀を抜き払い、飛び出したときにはすでに女の子の手足はもがれていた。一斉に飛びかかってきた子供達を刀で薙ぎ払い、触手を切断すると、エクスバイオーグに突進し、一刀両断する。なおも触手をうごめかせる"それ"を思い切り踏みつぶし、動かなくなるまで潰し続けた。

 陽香の切った子供は既に死んでいたが、他の子供も中枢神経系を侵襲されており、痙攣しながら絶命を待つばかりだった。うつぶせに転がっていた女の子の胴を足で転がしあおむけにしてみたが、一度血を吐いたきりそのままもの言わぬ塊となった。
 陽香は刀を鞘に納めると、教会を後にした。

 

(1998/7/31)

 

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