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黒猫と"観察者"との対話より

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「観察者よ、観察者よ、どうしてそんな悲しいことを言われるのですか、もうやめるなどと」
 黒猫は観察者を見上げながら嘆いた。"観察者"はつぶしたダンボール箱の上にあぐらをかいて座り、もう人のいなくなった巨大なビルの礎(いしずえ)に体をもたれかけ目をつぶっていた。広い歩道のその先の、もっと広い車道を走る車のヘッドライトが絶え間なく流れ、音と光が絶えることはない。
「"観察者"にして尊敬すべき者よ、あなたはいつも面白そうに話してくれたではありませんか、あなたが見るもの全てを。あなたのおかげで僕もやっと"見る"ことができるようになったというのに」
「だが、"観察者"にして"報告者"たる私の使命はもう終わったのだよ。あとは"判断者"の仕事だ」
「"判断者"とは?」
「"観察者"の報告を集め、その内容を吟味し、そして世界を"破滅者"の手か、または"改革者"の手のどちらにゆだねるのかを判断するのだよ」
「"破滅者"とは、そして"改革者"とは?」
「文字通りの意味にとればよろしい。"破滅者"はこの世界を粉々に砕き、"改革者"はこの世界を改革し新しいものを生み出す」
「そんな・・・。僕はこの世界が結構気に入っているのですよ」
「だが、全ての判断は"判断者"が下すのだよ」
「いったい、"判断者"はどこにいるのですか?」
「・・・私は知らない」
「では、どうやって自分の役目が終わったことを知ったのですか?」
「私がそう感じたからなのだよ。きっと"判断者"は私の報告を受け取っているだろう。そして決定するのだ。世界を"破滅者"の手にゆだねるのか、それとも"改革者"の手にゆだねるのかを」
 黒猫は悲しげに流れるヘッドライトに目を移した。

 少しの間をおいて、黒猫はつぶやくように言った。
「僕は"判断者"を探そうと思うのですが」
「お前なら多分そう言うと思っていたよ」
「きっと見つけて、決定を下さないようにお願いします。間に合うといいのですが」
「そうと決まったら、さあ、急いだほうがいい」
「はい、ではもう行きます。色々とお世話になりました」
「一つだけ言っておこう。"観察者"にして"報告者"を見つけだしてその話を聞くことは簡単だが、"判断者"を見つけるのは非常に難しいことなのだ。さあ、もうお行き。気をつけて」
 黒猫は頭を下げると、夜の街へ飛び出していった。
「さて、一眠りするとするか」
 黒猫を見送ると、"観察者"は満足そうな笑みを浮かべて目を閉じた。

 

(1990/2/23)

 

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