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くび畑

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 ここに引っ越してきてから、週末になるとオレンジのカブに乗って散策するのが習慣になっている。このあたりは、駅周辺の拓けた土地と、少し走ると畑が広がっているのどかな景色の、渾然一体となった奇妙な空間だ。まだ慣れない土地をカブにまたがって走っていると、思いもかけない景色に出くわすときがある。このあいだは、信号待ちをしていてふと横を見たら、民家の軒先から牛がこちらをじっと見ていた。こんな間近に牛を見るのは初めてなのでぎょっとしたやら、駅ビルからさほど遠くないこんなところに牛がいるのに感動したやらで、まだまだ発見が多い。
 今日は絶好のバイク日和だ。青い空に気持ちいい風。どこへ行く当てもなくカブを走らせる。まあ、迷ったら迷ったで衛星に頼ればいい話だ。

 ふと走っていると、いつの間にか両側に広い畑がどこまでも広がっている農道に出ていた。ちょっとスポーツドリンクでも飲むか、とエンジンを切り、バイクを降りる。
 すると、そこには、やはり休憩中なのか、農家の人が木のベンチに腰を下ろしていた。
「こんにちは。今年の首の出来はどうですか」
「やあ、見てのとおりいいあんばいさね」
このあたりの人は気さくだ。知らない人間にも親切だ。よそ者だからといってひどく警戒することもない。
「大きく育ってますね」
「ああ、髪も生えそろって、もう出荷だがね。午前中に少し収穫したんけろ、なせいっぱいらしね。そうだぁ、おめさん一つもっていっか? どだ?」
「ああ、いや、今年はもうこの首三つめなんですよ。まだ痛んでないし、つかえるし」
「遠慮するこたないさね。おめえさんじゃなろも、知り合いに首かえてぇ奴もいるろ?」
「はあ、じゃあ一つもらいます」
「一つでええんけ? 三つくらいもってけ」
「いやいや、一つで十分ですよ」
「そか」
おっちゃんは慣れた手つきで鎌をとり近くの首の髪をつかんで持ち上げると首筋に鎌を当てた。すると、その首が突然
「きーーーはーーひゃーーー」
と、息を吐き出した。
「あらま、こりゃ育ちすぎだわな。肺まで出来とるがね」そういうとおっちゃんは鎌をおいて、手で土を掘り起こして慎重に首を抜きだした。首はおっちゃんの言うとおり小さな肺がついていた。
「ははは、収穫ささぼってたらこげなもんまで育っちまっただ。ま、持ってき」
「はあ、ありがとうございます」
カブの後ろの荷台に首をくくりつける。
おっちゃんは腰をとんとんと叩きながら、「収穫の時期を見誤るたぁ、わしももうろくしたかね」と少しさびしそうに言った。
 そう言えばおっちゃんの顔はしわだらけだ。
「おっちゃんは――あ、おじさんは首は換えないんですか?」
「ははは、見ての通り生まれたまんまさね。おっちゃんくらいの歳の人間は首すげ替えるなんてそんなこわいことようせん。首農家なのにな、がははは」
「俺は生まれたときからもうそんな世の中だったから抵抗ないですね」
「ま、何事も進歩発展な。うちら農家は出荷した首がよく使われてくれりゃせでえ。せっかく育てても中にはぜいたくに脳だけ使う奴もいる。髪や顔まで使って欲しいもんだがね」

 おっちゃんにもらった首がときおり金切り声をあげるのを聞きながら、風防に投射された帰り道に進路を合わせ、カブのアクセルを開ける。自分の体を取り替えないで生きるってどんな気分なんだろうな、とおっちゃんの言葉を思い出しながら、気持ちよく帰路についた。

 

(2011/2/9)

 

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