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小鳥の詩(うた)

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 その朝、少年――胃甲明良(いこう あきら)は、朝早く――そう、五時半くらい――に目覚めた。両親はまだ起きていない。テレビもアニメをやっている訳でもない。六歳の明良にはネットは持たされていなかった。暇つぶしといえば携帯ゲームだが、そんなものを起動する気にもならない気持ちのいい朝だった。夏の日は昇り、カーテンを開けるともう外はきれいな朝焼けに色づいていた。
 明良は両親を起こさぬようそっと玄関から出ると、マンションの屋上へ行った。朝日が目にまぶしい。今日も穏やかないい一日になりそうだった。
 屋上の端の方に行ってみる。日があたらないそこから時々下を覗くのが楽しみだった。吸い込まれそうな、それでいて自分が飛べそうな、そんな気がする。
 ふと、へりの先のひさしのようになっている部分に何かの鳥の巣があるのを見つけた。こんなところに巣なんてあったっけ、と思いながらよく見ると、親鳥がいない。小さな卵が一つあるきりだった。周りに親鳥が飛んでいる様子もない。
 明良は一瞬ためらったが、やっぱり見過ごす訳にいかないと思い、危なげな格好で屋上のへりに登るとそろりそろりと先へ伝い、ひさしにある巣に手を伸ばし卵を取った。

 家に帰るともう両親は起きていた。勝手に家を出てたことを咎められ、何していたのかと問い詰められ、拾ってきた卵を見せた。すると、そんなもの温めたって孵ることはないと父親にたしなめられ、捨ててくるように言われた。だが母親はやってみなければ分からないじゃない、と、明良を応援してくれて、丁度卵が入るくらいの小さな布袋を見つけてくれて、それにひもを通し、明良にこれに卵を入れて首からずっと提げているの、と言い聞かせた。

 学校に行くときも、寝るときも潰さないようにそっと卵を抱きかかえ温め続けた明良のその努力が報われる日が来た。ある日、胸元で何かが動いた、と思って見てみると、くちばしが卵の殻を割っている最中だった。喜んで両親に卵を見せると、母親はよかったね、と言ってくれ、父親もまさか孵化まで成功するとは思わなかったよ、と明良の頭をぐしゃぐしゃになでた。
 ダンボール箱で家を作り、ティッシュペーパーを敷き詰めて、雛をそこへ入れ、餌をあげた。夏休みにかたときも離れずに世話したかいもあり、一週間ほどで羽が生え替わり、自分で餌をついばむことが出来るようになった。
 孵化した小鳥はどうやら雀のようだった。餌を旺盛についばみ、すくすく育っていった。明良はこの小鳥に”チュン”と名付けて可愛がった。

 ところが、チュンは餌をどんどん食べてどんどん成長していった。それは明良の想像を超え、明良の身長をも超えてしまった。両親はチュンの餌代をまかないきれないと考え明良を説得した。曰く、もといたところに捨ててらっしゃい、と。もう十分大きいのだから飛べるようになるだろうし、餌も自分で見つけることが出来るだろうと。
 両親の窮状を知っていた明良は朝、両親が起きる前に泣く泣くチュンを連れてマンションの屋上へと出てきた。チュンは朝日を浴びるとうれしそうにチュンチュンと鳴き、そして羽をばさばさと二三回羽ばたかせたかと思うと力強く大空へと飛び立った。空を一周してからチュンはまた明良の元へと降りてきた。そして、背中をかがめると、まるで明良に背に乗るよううながすような仕草をした。明良は思いきってチュンの背中にまたがった。チュンはまたばさばさと羽ばたくと一気に空へと飛び立った。明良は空から見る街の景色にすっかり魅了され、ありがとう、チュン、と言うとチュンを抱きしめた。
 チュンは街を一周すると明良のマンションへと戻ってきた。そこでチュンは明良を降ろすつもりだったのだろう、少し旋回してから身を傾けた。ところが、油断していた明良はチュンからずり落ち、マンションの屋上のひさしの上へ転げ落ちてから、地面へと落下しアスファルトに叩きつけられ、死んでしまった。

*   *   *   *

 その日目撃した高校生――五丁銀次(ごちょう ぎんじ)――が証言するには、午前六時頃、散歩でマンションの屋上に出てきたところ、少年が屋上のへりに登っていた。危ないと思って駆け寄ったときにはもう落下していたという。少年がいたへりの先のひさしには何かの巣と卵があった。どうもそれを取りに登ったんじゃないかと思う、と言った。

 だが、真実はこうだ。たばこを吸いに屋上に出てきた銀次はへりの上に危なっかしげに載っている明良を見て、脅かしてやれと思い、静かに近づいて「わっ!」と声をかけたのだ。びっくりして明良は足を滑らしてひさしの上へ落ち、そこから真っ逆さまにアスファルトの上へと落下していったのだった。怖くなった銀次はうその証言をしたのだった。

 翌朝、銀次はベッドで死んでいた。何か大きな円錐形の物――そう、巨大な嘴のような――で頭を一突きにされていた。
 屋上の卵は無くなっていた。

(2012/1/29)

 

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