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木の上の少女、と黒猫

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 いつの間にか、この町はずれの大きな木の枝にすわっていた。夜。ここからだと、町が全部みわたせる。またたく光。音は聞こえない。聞こえるのは風の音、風が枝をざわつかせる音。音は聞こえるけど、風にふれることはできなかった。風は、私の体をつき抜けてゆくだけだった。私は、とても透明な存在になっていた。私が望んだとおりに。
 元々私には関係のない世界だった。誰も私のことを見ないし、誰も私と話さないし、誰も私のことを気にかけない。私も誰にも話しかけなかった。あの町は、この世界は、ここは、私のいてはいけないところ。
「この世界がきらいなの?」
キライでは、なかった。はじめからは。はじめは、あの町は好きだった。いつからだろう、段々、他人と話すことができなくなったのは。自分の現実と、他人の現実がズレているような気がしてきたのは。
 問いかけの声の方を向く。横に、黒い猫がいた。
「驚かないんだね」
「―もう、関係がないから」ポツリとつぶやく。
「この町と?」「この町と」「誰とも?」「誰とも。私がいなくなって悲しむ人なんて、誰もいないもの」
「友達、いないの?」
一人だけ、顔がうかぶ。もう、ずっと会っていない。
「・・・いない」
沈黙。
「―私が勝手にそう思ってるだけだもの」
そう、別に私がいなくても、他にたくさん友達がいるんだ、あの子には。きっと、もう私のことなんか忘れてる。私がいなくなっても、平気なの。

風の音。 突然、ポツリと黒猫がいった。
「あのね・・・この世界がなくなったら、どうする?」
この世界が、なくなる―この世界が終わる? ふいに感情が高ぶる。あの子の生きているこの世界が、消えてなくなる―。突然、視界がゆがんだ。
「涙が」
? 涙? 何かが頬を伝わる。流れる液体、涙。なぜ? 私には関係のない、この世界が消えるのに、その世界に、たった一人、あの子がいるというだけで、たとえようもない悲しみに襲われる。
「―そんなのやだ―」
止まらない。視界のゆがみがひどくなった。光がきらめく。

「ねえ、ゆう、ちょっと、大丈夫!? ねえってば!!」
体をゆさぶられる。目を開ける。
「とうこ・・・ちゃん?」
「よかった、生きてるよ―! どうしたの、こんなところで!? 帰ってきたら、ドアの前に転がってんだもん。ねえ、泣いてるの? どこか痛いの?」
「ううん、痛くないよぅ―どこも痛くないよ・・・」
痛くはなかった。ただ、悲しかった。一人が、悲しくて、二人がうれしかった。 どんどん涙があふれてくる。まだ、この世界には意味があるんだ、きっと。私が忘れているだけで。まだ、私が探していないだけで。
「見つけたの?」
黒猫の声。私は声のほうは向かず、心の中でつぶやいた。 「きっと探すよ」と。

 

(2000/9/12)

 

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