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血便大惨事

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「すいません、トイレ行ってきます」
そう断ると、俺は仕事を中断して席を立った。二三日前から腹痛がひどいのだが、トイレに行っても便が出る様子がない。極度の便秘かもしれない。
「なんだ、またか」
「すいません」
申し訳なく思いながらもトイレへ向かう。便意は予想以上で、今度こそ出そうだった。
 トイレに入ると、ドアの開いた個室が並んでいる。一番手前の個室は避けたかったが、一刻を争う状況だったので、飛び込んだ。なんで一番手前の個室が嫌かというと、なにか会社の実験で、最新式の設備を整えているらしく、社員のデータをとっているとの噂があったからだ。
 ベルトをゆるめてスラックスをおろし、ボクサーパンツを急いでおろして便座に座る。間に合った。やっと少しでた便に、ほっと一息つくが、腹痛は続く。市販薬は効かないし、こりゃ長引くかな、と思っていると、突然、大きな警報が個室に鳴り響く。
"血便を検出 血便を検出 社員番号201XXXXX 士利板 大地、ただちに検査を行います"
なんだ!?、と思う間もなく足首、太もも、腕、胸、首が金属製の拘束具で拘束される。
「おい、なんだこりゃ、どういうことだ」
俺の叫びを無視して音声が続ける。
"内視鏡検査のために、浣腸で腸内を洗浄します"
と言うが早いか、ズボゥと俺の肛門にノズルが突っ込まれ何か液体が注入される。
「おふぅ、おお」
俺は情けない声を出してしまった。どうやら、それは浣腸液だったらしく、俺は情けなくも大便を排泄してしまう。
"まだ便が残っているようです。奥までノズルを挿入します"
声と同時にノズルが大腸内に入り込んでくる。
「ぐわをえええ! ちょ、止めてくれぇ」
俺の情けない声を無視してさらに浣腸液が送り込まれる。そしてノズルがずるっと引き抜かれるが早いか、ぶりゅぶりゅと腹の中の残りの便を排泄してしまう。
"これより、大腸カメラを挿入します"
声が言うと、天井からモニタが下がって来て、俺の肛門を映し出す。
「おい、これ以上何をするつもりだ」
モニタをみると肛門が近づいてきて、
「うほっ」
腸内にカメラが侵入していった。
「ごはあっ」
あまりの苦しさに声も上げられないが、それを無視してカメラは進んで行く。 "S字結腸異常なし……横行結腸異常なし"
突然警報が鳴る。
"異常発見 異常発見 癌の疑いあり"
脂汗やら冷や汗やら涙と鼻水でぐちょぐちょになりながらなんだって!?と驚く。
"腸壁を採取して異常細胞かどうか確認中 確認終了 癌化しています"
ぐおぅ、俺は癌なのか!?と身動きがとれない状況で涙を流す。
"これより、癌切除手術を行います"
「ちょ、まて、ここでやるのか!?」
便器が後ろに上半身ごと倒される。
"局部麻酔注射 完了 開腹開始"
左右からロボットアームが伸びてきて、俺の服をずらし、メスを突き立てる。
「おおう」
何本ものアームが手際よく手術を行っていく。
と、また警報が鳴り出す。
"異常確認 データベースに無い症例です 医療ネットに接続 ネットに情報なし"
ぐはぁ、俺はトイレで便を出して腹開かれたまま死ぬのか!?
"現在医療機関データベースに照会中 照会終了 知床医大の根具素教授に手術依頼 ただちに患者を射出します"
射出しますってどういうことだ?もう涙でぐしょぐしょになった顔をゆがめてモニタを見る。すると、そこにはカウントダウンの数字が刻まれている。
"発射10秒前、8、7、6"
発射ってなんだ、俺はどうなるんだ!? と、かすかに床に振動を感じる。
"3、2、1、リフトオフ"
途端に体が便器に押しつけられる。個室全体が揺れ、ゴーッという音が鳴り響く。
"音速巡航まで2秒"
なんだこれは、このトイレは飛んでいるのか!?
"到着まで空の旅をお楽しみください"
無理だろそれ!
 一時間もの間まんじりともせず冷や汗を流しながら振動に耐える。すると、突然警報が鳴る。
"緊急事態発生 根具素教授が緊急手術を開始 行き先を変更します"
えーっと思う間もなく、ぐいと体が横に押しつけられる。
"医療機関データベースに再照会中 照会終了 石垣島医大の岐礼字教授に手術依頼をしました"
知床と石垣島じゃ正反対じゃないか! 今まで飛んだ距離はなんだったんだ! 情けなくも嗚咽をもらし、泣きじゃくる。さらに一時間、警報が鳴り響く。
"緊急事態発生 燃料が持ちません 着水して救助を待ちます"
なんだそれー! ああ、俺は便器で死ぬんだ。何か浮遊感を感じながら俺はせめて天国へ行けますように、と祈る。ざん、と衝撃がはしり、トイレが何かにゆらゆら揺られる感じがする。終わりよければすべてよしというけど、こりゃだめな一生だったな、とおいおいと泣きながら思う。と、そこへ、モニター画面に見慣れぬ顔が映る。
"岐礼字教授と連絡が繋がりました これまでの経過を送ります"
"やあやあ大変だったね、えーと士利板さん?"
「ふぁい、俺はどうなるんでしょう」
"なんか検査結果見たらね、便に血は混じってるけど癌細胞と診断されたものも良性のポリープだし、腸壁なんていたってきれいなもんだし、こりゃそっちのシステムが頓珍漢な勘違いをしたんじゃないかな"
「え」
"もちろん開腹したって病巣なんかないし、第一始めの肛門のカメラの様子を見たけどありゃただの切れ痔だよ"
「ええっ、じゃあ、俺は助かるんですか!?」
"助かるも何も健康体だよ。これからこちらから操作して腹縫ってあげるから待ちなさい"
助かった! 天は我を見放していなかった!
 それからほどなくアームが動きはじめ、無事腹は縫われた。
「あの、ところでここはどこらへんなんでしょうか」
"場所ねぇ、それがねぇ、とんでもない飛行をしたらしくて、位置情報によると太平洋のど真ん中らしいんだ。救助が向かうのはかなり時間がかかるよ。ま、助かるまで休暇を楽しんでなさい。じゃ、私はこれで"
一難さってまた一難とはこのこと。俺が助けられたのは、漂流してから三日後のことだった。

 

(2013/1/31)

 

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