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彼女にとってそれは悲しい言葉

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「よぉ、久しぶり!」
 夜の町を走る人のまばらな電車の中、呆然と椅子に座って床を見つめていたぼくに、頭から声をかけてきたのは、ショートカットの女の子だった。
 つり革に手をかけ、笑顔でぼくを見下ろしている、その顔には確かに見覚えがあったのだが、誰だっただろうか。頭が働かない。思い出せない。
 いや、今は何も思い出したくはなかった。

「えーと、あのー?」
「こんな、はるばる鹿児島から離れた東京で会えるなんてねー。何年ぶりかなー。こっちにはなにしに来たの?」
「……受験。今日、試験だったから」
胸が痛くなる。顔をしかめてしまったかもしれない。彼女の顔から視線をそらす。向かい側の窓の外を見る。何も見えなかった。

「なるほどね! 頭よかったもんね、キミは。どこ受けたの? 東大? にしてはこの路線遠いよね」
ぼくはただうなずくと、つぶやいた。
「おじさんの家に泊まってるんだ」
「ふむふむ、で、どうだったの、首尾は――って聞かなくても分かるか。そんな辛気くさい顔してりゃねー」
 辛気くさくて悪かったよ。ここまでこらえていた重いが込み上げてきて目が熱くなる。じっと目を閉じ顔をふせた。
「元気出しなよ。人生色んなことがあるさ。一度や二度の失敗でくじけるなよ」
 優しい声が隣から聞こえた。目を開けると彼女はぼくの横に座っていた。
「だいたい、今日試験受けたんだろ! 別にまだ落ちたと決まったわけじゃないし。他の人も悪かったかもしんないじゃない? 人生には色んな偶然があるからねー」
 人生人生って悟ったようにしゃべってるけど、ぼくとおんなじ、まだ二十年も生きてないんじゃないか?
けれど今はどんな陳腐な言葉でもなぐさめてくれるのはとてもうれしかった。
「――たとえ落ちたんだとしても、そこでキミの人生が終わるわけでもないんだし。また立ち上がって挑戦するもよし。別の道を進むもよし。――ともかく、受験に失敗したからって死ぬわけじゃないんだから」
 少しさびしそうにこう言うと、彼女は立ち上がった。電車が減速しはじめていた。何かがぼくの心でひっかかった。
「んじゃあ、私ここで降りるから。会えてよかった。元気出してね! じゃあ、またね!」

 ホームに降り立つと彼女は手を振って電車を見送ってくれた。

 再び一人になった電車で、ぼくはじっと目をつぶっていた。だが、彼女の前ではこらえていた涙が、様々な思いとともにあふれでてしまった。そう、受験に失敗したからって死ぬわけじゃないんだ。
 ぼくは彼女が誰だったかを思い出していた。彼女は中学一年のときの同級生だった。でも、もう会うこともないのだろう。
 彼女の人生は中学のときに終わってしまったのだから。

(1991年4月5日、 2013年4月10日改稿)

 

設問一
題名にある「言葉」とは何を指すか。本文中から抜き出せ。

設問二
なぜその「言葉」は彼女にとって悲しいのか説明せよ。

 

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