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彼方からの手紙

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 朝は少し強いかな、という雨脚が見る間に暴風雨に成っていく。職場の美奈の携帯に連絡があり、幼稚園では園児を全員家に帰すことにしたという。美奈の子の拓馬はバスで送り迎えしてもらっているが、道が少し入り組んでいる事情があり、バスの止まる場所と住んでるアパートまでちょっと歩かなければならない。飛ばされないでね、と祈りつつ上司に事情を説明して職場を出、家へ向かう。

 家には拓馬がもう帰って来ていた。
「ごめんね大変だったでしょ?」
「ううん、バスから戸井のおばさんがいっしょにきた」
「あら、後でお礼言わないと」
戸井さんは一階の気のいいおばさんだ。
拓馬の体をタオルで拭き、カバンを拭く。
カバンをひっくり返して美奈はきづく。
「拓馬、このつつみ何?」
「それ魔法使いからもらったの。プレゼントー」
美奈は幼稚園の行事表を見る。特に今日は何もかかれていない。
先生方の何か手品でもあったのだろうか。
「拓馬、開けてみようか?」「うん、おかーさんと一緒に開けるのに待ってたの」「そうなんだ、遅くなってごめんね」
つつみをあけると小さな箱。その箱の絵はミキサー車。
「わーミキサー車だー! 早く開けて!」
「え……う、うんそうだね」
箱から出てきた手のひらサイズのミキサー車は今にも走り出しそうな精巧な造りだった。
「わー」拓馬はそれを手に取ると、テーブルや床を走らせはじめた。
 それを見ながら美奈は複雑な思いに駆られていた。
美奈は夫、秋貞数樹を2年前に亡くしていた。拓馬がまだ二歳のときだった。その時数樹はミキサー車の運転手をしていたのだ。
 事故前後のことはもうよく覚えていない。拓馬を抱いて病院にかけつけたが、数樹はもう息を引き取ったあとだった。
 数日前に冗談めかして事故がおきると悪いからドライブレコーダーでもつけるか、といったそのレコーダーで事故の詳細が分かった。とにかく、数樹には悪いところは一つもなかった。

 拓馬をベッドに寝かしつけてから、美奈はミキサー車を眺めながら少し泣いた。それから明日の支度をして自分も寝た。

 夜中。何も灯りが無い部屋で、不思議なことにあのミニチュアのミキサー車が動き出した。そして、机の上の拓馬のスケッチブックの何も書いてないページに車輪をひっかけ、めくると、何やら縦横無尽に動き始めた。

「おかーさん、おかーさん、お父さんからの手紙が来てるよ!」
「何言ってるの」
「だってぼくのスケッチブックに、ほら」
そこには、少したどたどしい文字でこう書かれていた
「拓馬へ
大きくなったな。
げんきにしててお父さんはうれしいぞ。 友だちともなかよくしてるかい? お母さんの言うことはちゃんとよくきいて一生けんめい生きていくんだぞ。

美奈へ
ひさしぶりだな。こういうかたちで会えるなんておもってもみなかった。一やかぎりのまほうつかいのおかげだ。
そばにいてやれなくてすまない。でもずっとあいしている。本とうに。心から。 」

 美奈がその文字を指でたどってみると、少し盛り上がっていた。まるで少量のコンクリートのように。
「これお父さんのミキサー車なのかなぁ、ねえ、お父さん出てきてよ」
拓馬がミキサー車のおもちゃの運転席を覗き込む。けれど中には誰も乗っていなかった。
美奈は涙を浮かべた目をしながら拓馬を抱きしめると
「そうだね、昨日お父さんが来て書いていったんだね。そのプレゼントをくれた先生は本当の魔法使いさんだね。さ、今日もはりきってがんばろー」
といい、二人で満面の笑顔で朝の始まりを向かえた。

 

(2012/10/24)

 

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