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鏡の中の悪魔

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 突き出した左腕のソードの先にはもう敵はいなかった。すぐにしゃがみ込む祥子。上に飛んだ敵から肩口に何か液体を吹きかけられたがそれにかまわず前転し、振り向きざまにソードからエネルギーボールを発射した。降り立った敵は祥子がそんな武装をしているとは予想していなかったらしく、まともにそれを喰らい、うめき声をあげて倒れた。
 背中にかけられた液体は強い溶解液だった。服はとけ、肩口から背中にかけての皮膚が冒されていた。激痛に顔をしかめる祥子。治療のために右腕の触手群が肩の方へ伸びていくと、背中の中ほどまで伸びていたポニーテールの髪がうなじのあたりからさらりと切れ落ちてしまった。

「一体何でこんなにしちゃったわけ?」
 髪をくしとかしながら美容師がけげんそうな顔で聞いてくる。
「えーと、ちょっとドジっちゃって―」
「料理かなんかで焦がしちゃったの? きれいな髪なんだから大事にしなきゃ」
「ええ」
 溶かされた部分を大雑把に自分で切って、さらに切りそろえてもらうために祥子は美容院に来ていた。

「―さっきから誰かに似てると思ってたんだけど、髪を切ったらますます似てるわね、あなた、二階堂陽香に、新人アーティストの」
「? ニカイドウ・ヨウカ?」
「あら、知らないの――ほら、そこの雑誌、ちょっとした特集組んでるわよ」
「――!!」
  なにげなく手に取ったその雑誌をめくった祥子は息をのんだ。髪型こそ違えど、そこに載っていた写真はまぎれもない祥子自身だった。

 それから色んな雑誌を祥子は調べた。そこに写っている二階堂陽香の写真――それは他人のそら似なんてものではない、まさしく祥子自身であった。
 二階堂陽香に会ってみなければ―いや、ともかく一度本人を見てみようと思った祥子は、彼女が出演するはずのTV番組の公開録画が行われるTV 局に来ていた。祥子は公開録画の見学者がどのように決められているのかは知らなかったが、中に入る手段はいくらでもある、と考えていたのだが――。

「あ! 陽香ちゃん、こんなところにいたの!? 探したんだから!」
「え? あ、あの、私は―」
「さあ、早く早く」
 祥子は二階堂陽香と勘違いされたらしく、若い女性―マネージャー?―に手を掴まれ強引に引っ張られていった。祥子はどうしたものかと考えたが、このまま勘違いさせていたほうが手っ取り早いかもしれないと思って、されるがままにしておいた。

「マネージャー! ご免なさい、ちょっと・・・」
「ええ!? あれっ!? 何でそこにいるわけ? じゃ、この子は?」
「!!]
 凍り付いたように動けなくなる祥子。そこには――祥子と違ってショートの髪を少し赤く染めていたが――鏡に映った祥子自身がいた。それが二階堂・陽香だった。
 祥子同様あっけにとられた陽香は、だが、すぐに不敵な笑みを口に浮かべた。
「フフッ、そうか、お前が志道祥子か!」
「!! なぜ私の名を!?」
「ねえ、どういうこと、一体? 誰なのあなた?」
「少し黙ってな!」
 陽香の右腕がマネージャーの腹に飛ぶ。その場にマネージャーは崩れ落ちた。
「なにを!? どうして、あなたは誰なの?」
「別に答える義務もないが――お前は私のクローン体なんだよ」
「私があなたのクローン!?」
 そんな、そんな馬鹿な!? 私は、私は元々この世に生まれたのではなく、人為的につくられたものだっていうの?
「できそこないさ。できそこないのお前ができそこないのエクス・バイオーグどもを始末しているらしいが―少し目障りなんだよ、お前には消えてもらう!!」
 陽香の右足が祥子の脇腹に飛ぶ。動揺していた祥子はとっさによけられず、まともに喰らって壁に激突した。
「死ねー!!!]
悪鬼のような形相に変わった陽香は、今度は左腕で殴りかかってきた。からくも祥子がよけると、陽香の拳は壁を破壊してしまった。何事かと、人々が部屋から出、通路をこちらに向かってくる。
「往生際の悪い奴め! 一撃で"ケリ"をつけてやる」
もはや疑う余地はない。陽香も祥子同様エクス・バイオーグなのだ。いけない、とにかくここは一旦引き上げなければ。通路を陽香と反対方向へ駆け出す。何が起こったのかとこちらに見に来た男性とすれ違い―
 その男の顔に突然黒点が出来たかと思うといきなり床に突っ伏してしまった。振り向いた祥子の目に陽香の突き出された右腕、そしてそこから伸びている奇怪な棒状のものが飛び込んできた。
「リニアガン―いや、レーザー!?」
「ち、はずしたか!!」
 すぐそばのドアに体当たりして飛び込む祥子。床に伏せて通路の方を見ると、その部屋と通路との壁に赤く輝く線が引かれていく。陽香の発射したレーザーで壁が溶けていくのだ。壁を突き抜け、部屋の天井や内装を容赦なく切り裂いてゆく。祥子も左腕のソードを展開し、なんとかリニアガンで撃ち返そうとした瞬間――爆発が起き、天井や壁が崩れ落ちてきた。
 何に引火したのかは分からなかったのだが、比較的規模が小さかったのと、祥子のいた部屋で起きたのではなかったので、祥子自身はひどいダメージを受けなかったのだが、あたりの状況はすさまじい有様だった。何人もの人々が崩れた天井や壁の下敷きになり、あるいは直接陽香のレーザーのえじきとなり切り裂かれていたのだった。
 炎とうめき声があたりを支配する中、立ち上がった祥子の目はしっかりと陽香を捉えていた。その悪魔のような笑みを浮かべた祥子とと同じ顔を。
「なんて―ひどいことを」
「ひどいと思うなら―おとなしく殺されな!」
 陽香は左腕を上に向かって突き出した。音もなくソードが腕から伸び、陽香は祥子に斬りかかってきた。左腕のソードで受け止める祥子。
「お前は私に勝てない、できそこないのお前が完全体の、最強の私に勝てるわけがない!」
 冷ややかに言い放つと陽香はひざげりを祥子に見舞った。ガレキの中に祥子は突っ込んでしまう。
 強すぎる―まるで悪魔だ・・・。

 そのとき、二人の耳に警察と消防のサイレンの音が聞こえてきた。
「チッ、はでにやりすぎたか! 突発的だったんで手を回す時間が無かったからな―命拾いしたな、祥子、だがこの次に会ったとき、それがお前がこの地上から消え去るときだ。お前は決して私には勝てない、できそこないのお前はな」
ガレキの中から身を起こす祥子。
「忘れるな、お前は私のクローンだ!」
こう言いはなつと、陽香は炎の中に消えていった。

 いったい彼女は何者だ?
 何とか人目につかずに、祥子は現場を脱出した。
 いったい私は何者なの? 志道祥子とは、誰?
 傷をかばいながら、遠くへ、とにかく遠くへ逃れようとする。
 陽香は『手を回す―』と言った。そんな力が陽香にはあるの?
 次々と新たな疑問が浮かんでくる。
 まさか―エクスバイオーグは、あの施設、あの研究所だけで造り出されていたのではない?
 それは、祥子の今までやってきたことに対する疑問でもあった。
 もっと巨大な組織が―ある?
 驚愕と、そして恐怖が祥子を襲う。
 だとしたら、私は一体どうすればいい・・・?
 答えのない問いが、祥子の心をただむなしく駆けめぐっていた。

 

(1991/10/16)


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