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受難

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 その女は悩みを抱えていた。実際的かつ深刻な悩みだった。いくつかの病院には行ってみたが、その悩みは解決されなかった。精神カウンセラーを訪ねてもみた。他のささいな悩みは解消したが、一番解決したかったものは依然として残されたままだった。何人かの占い師にも見てもらったが、言う事が皆違っていた。

 その日の残業を終えた女は、駅に向かう途中の繁華街の、少し横道を歩いていた。時々こうした裏通りを通ってみては、占い師を探すのが"くせ"になっていた。
 はたして、女は一人の占い師を見つけた。繁華街の中央を少しはずれたこの道はひっそりとしていて、今頃の客足は見込めそうもないような人気の無い道だった。女はこんな通りでは商売あがったりじゃないかと、つい心配をしてしまった。
 貼り紙やのぼりの類は無く、ただ外灯の下で、黒い布をかぶせた台の上に水晶(?)球を一つ、乗せているだけ。心なしかその水晶はぼんやり輝いているようにも見えたが、それは外灯のせいだろうか。そしてその玉を前にして、黒いマントを羽織って黒い帽子を目深にかぶった長い髪の女性が座っていた。

「あの……」
女が声を掛けると、その占い師は顔を上げた。女は心の中で舌打ちをしていた。その占い師は、自分より年下に見え、下手をするとまだ高校生くらいの年齢に見えたからだった。
「あの、相談したいことがあるんだけど占ってもらえる?」
「ええ、どうぞ、おかけになって」
女は、水晶球を挟んで占い師と向かい合った。
「それで実は――」
「最近、原因不明の事態に襲われてません?」
「え? ええ」
「例えば――そう、突然足がもつれるとか、手が思うように動かなくなるとか、胸が締め付けられたかのように痛くなるとか――そして、突然誰かに首を絞められた感じがするとか?」
「え……なんで分かったの?」
その占い師は少し、人を小馬鹿にしたように笑った。
「ふふ、だってほら、自分の体をよく見てみなさい」
「え?」
女は自分の体に目をやった。すると、なんと巨大な蛇が体に巻き付き、自分を見つめているではないか。
 蛇がその大口を開け、顔に喰いついてきた。
 女は気絶した。

 自転車に乗って巡回パトロール中の警官が、路上に倒れている女を発見し、急いで駆けつけた。幸い、単に気絶していただけであったらしく、抱きかかえて声を掛けるとすぐに目を開けた。
「どうしました、大丈夫ですか!?」
「へ、蛇が!」
「え、蛇?」
女は自分の体を見たが、蛇など巻き付いていなかった。そして、あの占い師の姿も消えていた。
「あ? あら? ――やだ、私、ちょっと勘違いしてたみたい。はは、ご免なさい、お騒がせしちゃって、さ、さよなら!」
 訳が分からず当惑した顔の警官を置いて、女は赤面しながら逃げるように駆け出した。
「やだ、私ったら、蛇なんかいる訳ないじゃない」
しかし、あれほど自分を悩ませていた体のあちこちの痛みがすっかり無くなっている事に女は気付いていた。

「うわー、魅風さんにごちそうしてもらえるなんて光栄だなぁ」
「ちょっと作り過ぎちゃってね、さ、イズミ君、たくさん食べてね」
「それじゃいただきまーす。……これはおいしー」
「ふふ、ありがと」
「なんか、こー不思議な味付けでおいしーね。それにこの肉。今まで食べたことが無い食感だね。これ、何の肉?」
「ないしょ。後で教えたげる。それより、どんどん食べてね。まだまだたくさんあるんだから」
「ふぁい」

「……ふー、もーたくさん。食べ過ぎたなぁ」
「おいしかった?」
「うん、とっても。ねぇ、それで、これ何て料理なの?」
「ヘビ料理なんだけどね、えーと確か名前は――、? ちょっと、イズミ君? イズミ君!」

 

(1990/7/19 2013/2/4改稿)

 

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