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偽りの幸せ

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 太陽の光をうけてきらめく美しい海。雲一つなく晴れ渡った青い空。その狭間を少女が落ちていく。祥子は気を失っていた。

 ふいに祥子は目を開いた。だがその目は光を失ったままで、焦点が定まっていないうつろな表情のまま祥子はつぶやく。低いトーンで。
「・・ようやく支配できるか・・」
 両の腕を体の前で交叉させ力を込める祥子。そしてその両腕を一気に左右に開くと同時に背中が盛り上がり、何かが服を裂いて左右に展開した。それは、羽であった。祥子自身の身長の二倍ほどの全長のその羽は、半透明で、縦横に細かい筋が走っていた。それはまるで、蝿の羽を巨大にしたもののようであった。
 羽が低いうなりを発すると、やがて落下は止まり、祥子は宙に浮いた
「予想効果の80%程度か」
祥子は静かに地上に降りていった。

 どこかで聞いたことのある声だった。どこでだろう。いつ? 思い出せない。思い出せるはずがない。私には記憶がないのだから。あの日からのことしかわからない。でも、では今聞こえてきたのは・・
 祥子は目を開けた。祥子は、木を背にして座っていた。目の前は崖、その先に海が広がっている。
 私は――そうだ、ヘリから落とされて――その後どうなったのだろう。どうやってここへ?
「気がついたようだな」
ふいに脇から声がした。抑揚のない、無機質な声だった。驚いて、声の方を見る。
 そこにいたのは、奇妙な形をした生き物だった。まるでトカゲのような”それ”は、両手のひらほどの大きさで、二本足で立ち、祥子の方を見ていた。そしてそれの細く長い尾は祥子の方へとのびている。その先を追った祥子は驚愕する。それは、祥子の頭頂部から伸びていたのだった。
「これは・・」
「我の名はL=4、お前とともにあるもの」
「エルフォ?」
「少し違うがまあいい。さて、どうして助かったのか疑問に思っているようだが――お前は知らなかったのだな、自分の翅翼のことを」
「翅翼――羽!?」
驚き、背に手をやる。そこには何も無かったが、服が裂けていた。背中の鈍痛はそのせいだったのだろうか。
「サブ・アームと同時には使えないが今回のような場合には便利だ。存在を覚えておけばいい」
サブ・アーム――背中から展開する忌まわしき腕。エクスバイオーグの証。左腕のソードも、右腕の触手も、そして羽も、皆すべて私が人間ではないもの、怪物であることを示すもの。
 でも、その力があっても秀一君は助けられなかった・・。

「あの子供のことを考えているのか、祥子。お前はあの子供に干渉されていたぞ」
「干渉?」
「あの子供には心理操作能力があった。無論お前だけではない、父母にも干渉していた。これは推測だがあの三人は親子ではないのかもしれない。あの子供は、”ウィスパー”同様、自我に目覚め、自己の支配権を確立しようとしたのだ。そのためにあの二人を操り、動機を与えただろう。お前は幻影の家族を見ていたのだ」
「そんな・・あれが幻・・」
「お前には対心理防御能力もあるはずだが――。得にその左目からの干渉が多大だった。お前の左目はたとえば迷彩を見破るには便利だが、逆に心理攻撃を受けやすい。もっとも今日のケースはお前の記憶に関係していたせいだったのかもしれないが」
「私の記憶!?」
「――そろそろ制限時間だ、戻るぞ」
そう言い放つと背にたたんでいた羽を広げてはばたき、エルフォは祥子の頭にとりついた。あわてて祥子は頭に手をやる。
「待って、あなたは私について知っているの!?」
「全ては自分自身で捜せ――」
 エルフォはそのまま沈黙し、祥子の頭蓋の開口部に融合していった。
 
 祥子はけだるい体を起こし、立ち上がった。遠い水平線を見ながらふと思う。たとえ偽りでもいい、あの家族のように幸せがあるのなら。

 

(1993/2/8)

 

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