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いとしいあなた

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 ここはどこだろう。僕は知らない部屋の中にいた。
 一方の面に扉とキッチンがある。扉をあけようとしたが、鍵がかかっていて開かなかった。
 もう一面の壁は、何もない。だが、何かが壁の中をもぞもぞと蠢いている。
 もう一面の壁には、クローゼットが備え付けられていた。僕は扉を開ける。中には――同級生のM.N.、S.S.、A.M.、Y.R.が折り重なるように倒れていた。クローゼットを閉める。
 もう一面は開け放たれた窓だった。空はどんよりと曇り、雲がうずを巻いている。すぐ目の前の地面は遥か地平まで赤黒く、うねっていて、地面に開いている無数の『口』が何かを咀嚼するようにもぞもぞと動いていた。窓の両側には、逆さに吊されたT.N.と・・・そして僕の彼女のI.A.の体。

 あわてて僕はI.A.の体を部屋の中へ引き入れる。どこにも傷は無いようだ。とりあえずほっとする。
 そこでやっと僕は自分が何かを握りしめていたことに気づく。誰かの書いたメモだ。
『食べろ』
メモにはただそう書いてあった。

 どうなっているのだろう。ここはどこだ。どうして僕はこんなところにいる。まるで分からない。ともかくこの部屋から出なければ。

 部屋を調べる。クローゼットを開けるとあいかわらず4人が生きているのか死んでいるのか分からない状態で無造作に重ねられている。扉を閉める。
 キッチンには、包丁とフライパンがあった。包丁を持って、もう一面の壁に向かう。壁で蠢くものが何なのか確かめたかった。一つの突起の上の壁紙に包丁を突き立て、切り開く。そこにあったものは――目玉だった。ギョロリとあたりを見回したあとに、こちらを凝視して止まる。その途端、壁の全ての膨らみが切り裂けて無数の目玉があらわれ、一斉に僕を見た。僕はあわてて壁から後ずさった。
 この部屋から出るには窓からしかない。窓の外を見る。心なしか、右に吊されたT.N.の体が少し下がっているような気がする。それとも、”口”の地面が盛り上がったのか?
 逆さに吊されたT.N.の指先が地面に触れる。すると、赤黒い地面に開いた口が指先を囓り始めた。

 窓から出ていくには、この口の大地を渡って行かなければならない。しかし、無数の口が待ちかまえている。どうする? あの目玉を使うか。
 僕は包丁で、目の壁から目玉を掘り出そうとした。僕の一挙手一投足を壁一面の目玉が見ている。包丁で目玉の周りをぐるりと切り裂き、最後にえぐり出した。ぼとりと床に目玉が落ちる。
 何個か集めてフライパンの中に入れ、窓に持っていく。T.N.はもう手首まで囓られていた。
 持っていた目玉をT.N.から離れた場所へ放り投げてみる。すると、開いた口がそこへ集まり、そして新しく地面からも口が生じて、がつがつと目玉を囓り、つぶし、飲み込んでしまった。

 だめだ。目玉を囮にしながら道を作ってその隙に部屋から出ようと考えたのだが、口は無数に生まれ、そして自由に移動するのだ。この外に出ることは出来ない。
 ぶつり、と何かが切れる音がした。窓の外を見る。T.N.の肘から先が取れていた。

 僕はI.A.の体を前にひざを抱えて考える。ここからは出られない。クローゼットの同級生。こっちを見つめる無数の目玉。そして――あの『食べろ』というメモ。
 食べろ? 何を食べるんだ?
 僕の脳裏にある考えが浮かぶ。どうせ出られないんだ。彼女を――食べてしまえ。彼女と一つになるのだ。眠るI.A.の体を真っ直ぐに横たえ、その胸に包丁を突き立て、正中線に沿って一気に切り開く。溢れ出る血。脈動する心臓。僕は肺を肋骨の下から切りだし、口にする。鉄の味。

 その時、外からドアを叩く音がした。窓を見る。窓の外は晴れた住宅街が見渡せる高い位置。
開けろ、いるのは分かっているんだ‥‥‥早く合い鍵とワイヤーカッターを
 そうか、鍵は内側からかかっていたんだ。メモの筆跡を思い出す。あれを書いたのは自分だった。僕はブルーシートの上の彼女の屍体に覆い被さり、その拍動する心臓に口づけしながら彼女に聞く。
 僕のこと好き?
 彼女は言う。
 あなたのことを愛してる、と。

 

(2007/2/6)

 

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