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一寸先は?

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「あなた、相当運が悪いわね。」
開口一番その水晶占い師はこう言った。
 土曜の夜にだけこの路地にいるというこの占い師、よく当たるということで仲間うちで評判になっていたので、こうしてサークルのコンパの帰り、話のネタに占ってもらおうと思ったわけだったのだが―

「今日は今日はでヤクザにからまれるし―昨日は500円玉をなくしたし。」
その占い師 ―黒づくめの衣装の女の子―はずけずけと言ってきた。
 そう、まさしくその通り、気味悪いくらいに当たってる。
「―あなたの人生見てると気の毒になってくるわねぇ」
「うう、そこまで言わなくとも」
 しかしその通り。まったく僕くらい運の悪い男というのもめずらしいんじゃないだろうか。金を落とすのは日常茶飯事、階段から落ちるわスキーで骨折するわ、交通事故に遭うわでもう波瀾万丈の人生なのである。
「これはもうどうしようもないわね。不運はあなたに一生ついて回るわ」
「そんな殺生なこと言わないでよ。せめてどんなことに出くわすかが分かればなあ」
「フフ、予知能力が欲しいのね」
水晶玉から顔を上げ僕の顔を眺めたその瞳は少しいたずらっぽく― 少し人を小馬鹿にしたように―輝いていた。

「おい、起きろよ、次の駅で降りるぞ」
「ん? あれ?」
「あれっじゃねえよ、まったく。飲み過ぎたのか? お前、あの占い師の前でいきなり眠り込んだんだぞ」
「えー?」
「たいして占いもしなかったからってお代はいらないなんて言ってたけどな、今度会ったら謝まっとけよ?」
「うーん? なんで眠ったんだ? 僕はたいして飲んじゃいないぞ」
「あー分かった分かった、さ、降りるぞ」
電車が駅につく。椅子から立ち上がってドアの方に歩く。ドアが開いて外へ―

 その瞬間僕は見た。突然自分の姿が下に落ちるのを。電車とプラットホームの間の隙間に足を踏み出してしまった自分のあわれな姿を。
 ああっ? と驚いた瞬間、今度は現実の自分の体が本当に隙間にストンッと見事に落ち込んでしまった!

 あ、転ぶ! その場面が他人事のように見た後、僕は自転車から転げ落ちた。

 しまった! 後ポケットに手をやった瞬間、そこにあるはずの財布はないことが"分かった"。事実、そこに財布はなかった。

 このジーンズショップは開いていない、ということが分かってそして事実、その店が臨時休業していてももう驚かなくなっていた。僕は不幸な出来事を予知できるようになっていたのだ。しかも、予知は本当に直前にしか出来ないのだ。これではまるで生殺しではないか。 不幸が倍になった気分だ。原因は分かっている。あの占い師だ。

 土曜の夜、あの占い師のいるこの繁華街へ二度ほど転びながら(むろん予知しているから計四度転んだ気分だ)やってきた。
 占い師のいる路地へのかどをまがろうとした瞬間、だが、僕には分かった。占い師はもうそこにはいないということを。そして事実、彼女はそこにいなかった。

 

(1991/9/22)

 

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