index >> 小説置き場「悪夢は」 >> 百万年の孤独

 

百万年の孤独

--

 それから、百万年が過ぎた。

 あなたはある日、崩れた崖 下で一体の素体を見つけた。それは、遥か昔の星々の戦争で戦いに投じられた古いタイプの自動人形だった。その素体は、さほど損傷をうけてるわけでもなく、 ただ、眠りについているように見えた。ブービートラップかもしれないと思いつつもあなたは、その素体を回収し、屋敷へと運び込んだ。

 人造皮膚を張り替えると、そこには、一人の玲瓏な女性が現れた。着せる服を思案しながらその裸体を眺めていると、突然その素体が目を開いた。驚くあなたに向かってその素体は身を起こしながらこう告げる。
「はじめまして、ご主人様。私の名はフランチェスカ。ご主人様の影となりて、ご主人様につきしたがうもの」

 浅い眠りから目覚めると、フランチェスカがベッドの脇にひかえていた。
「おはようございます、ご主人様。今日も世界のどこかで人が救われますように」
 突然なフランチェスカの言葉にとまどいつつも、あなたは起きる。
「さあ、朝食の用意ができていますわ、どうぞ召し上がれ」

「ご主人様は、私を頭のおかしい、献身的な、盲目的な、盲従的な、危険な、メイドと思われていますね。」
 フランチェスカがその水晶のような瞳であなたを覗き込む。
「その通りです、私は、愛玩用の、使い捨ての、古ぼけた、時間を超越した、他の星で作られたメイドです。」
 ついと、フランチェスカはあなたのそばを離れ、窓辺に立つ。
「ご主人様、ご主人様はそこにおられるのが、苦痛ですか? それとも快楽?」
 あなたは戸惑い、答えない。
 フランチェスカは微笑みながら部屋を出て行く。
 あなたは、フランチェスカの言葉を考える。

 フランチェスカと二人で海岸を歩いていた。誰もいない砂浜。静かな波の音。フランチェスカが歌うように言う。
「私の耳は、貝の耳。アンタレスの星々の砕け散る音をなつかしむ」
 あなたは、フランチェスカにアンタレスにいたことがあるのか、と尋ねる。
「さあどうでしょう?」
 フランチェスカは波打ち際をくるくるとまわり踊る。

 ベッドの中で目を閉じるあなたの脇に立つフランチェスカが静かに物語りを紡ぎ出す。
「青い生き物の物語をご存じですか?
 それは、決して報われぬ思いを秘めた旅人の話。
 離ればなれになったパートナーを捜し、幾千もの世界を経巡り、
 ついにたどりつけない理想の地を求めた、ある生き物の話」
 その静かな物語りを聞きながら、やがてあなたは眠りにつく。

「今日の昼食はランタノイドとアクチノイド、どちらにいたしましょうか?」
 あなたは、ランタノイド、と言う。
「わかりました、仰せのままに、人造マグロのかぼちゃ煮にいたしましょう」
 フランチェスカはクスクスと笑いながら厨房へと消える。

 あなたはフランチェスカと小高い丘の上に立っている。
「なんて気持ちのいい風なんでしょうこの風は、まるで地の底からの死者の息吹のよう」
 屋敷や、その他の家々が点在し、よく手入れされている田畑が広がるのが見える。その他は緑、そして青い空。この空 にはかつては絶え間なく飛行機械が飛び、地は人々の築いた建造物で覆われていたという。遥か昔、人類が星々に飛び立つ前の話だ。
「この星は生ける者死す者全てに優しいところですのね」
 フランチェスカがつぶやく。

「ご主人様、そろそろお休みの時間ですが・・・」
 あなたはいつになく眠れない夜を過ごしている。するとフランチェスカがこうささやく。
「眠れぬ夜にはアリアの響きをその慰めにおきかせしましょう」
 フランチェスカは部屋の真ん中へ進み歌い始める。
「らん・・・らん・・・らるら・・ららん」

 川のほとりを二人は散歩している。ふいにあなたは、フランチェスカに尋ねた。どうしてあなたのそばにフランチェスカはいるのかと。フランチェスカは空を見上げ両手を掲げると、こう告げた。
「それは、ご主人様、私が狂っているからでございます」

  不吉なうわさが走る。外宇宙の観測艦隊からの知らせ。琥珀の軍と赤壁の軍との会戦宙域が太陽系のすぐそばに変更されたという。しかも、百年以内に。両軍の 衝突は、これまで幾つもの星系を塵と化してきている。地球には、もはや星間都市船を築いて、銀河外に逃れる余力はないのだった。明日かもしれず、また百年 後かもしれないその日を思い、あなたはため息をつく。
「ご主人様を悩ますのは、黒いうわさの赤いきらめきですか、それとも今宵のお食事の毒味役のことでしょうか」
 フランチェスカが優しく声をかけてくれる。あなたは黒いうわさのほうだ、と返す。すると、フランチェスカは
「もしも悪いうわさでご主人様が眠れぬのなら、うわさの方を眠らすことにしましょう」
 と言う。あなたが、どういうことか、と訪ねると、フランチェスカは静かに、かすかに微笑みながら左腕の手首をみせた。
「私はご主人様に、私の左手首の傷を捧げましょう。これは私のご主人様への忠誠のあかし」

 不吉な予感は現実のものとなる。両軍の先遣隊が虚面世界から現れ、観測艦隊を消し去ったのだ。あなたはいつもと変わらぬ空をみやり、ただその時を待つしかないことを悟る。そんなあなたにフランチェスカが言う。
「ご主人様、今日はとても気持ちのいい日、散歩にでかけませんか」
 屋敷をしばらく離れ、いつか来た丘の上から景色を見下ろす。いつもと変わらぬ風景。はるか昔から、そしてこれからも、と思っていたもの。

「ご主人様、フランチェスカはご主人様にお会いできてうれしゅうございました。」
 唐突にフランチェスカが言う。あなたは驚き、どうかしたのか、と尋ねる。
「ご主人様にお会いできた記憶を頼りに、またいつかこの体を再構成することができるでしょう。それまではまたしばしのお別れでございます。さあ、下がってください。虚面世界を通して縮退砲(コラプサー・キャノン)を放ちます。ご主人様の悪夢の根源をなぎ払うのです。」
 フランチェスカは左腕を空にかかげた。
 あなたは、フランチェスカが何者なのか、思い出す。
 刹那、フランチェスカの左腕が輝く。
 彼女はあなたに微笑みかける。
「もしもご主人様が私を愛してくださるのなら、私はまた百万年の孤独に耐えることでしょう。」
 あなたはフランチェスカに手をのばそうとするが、フランチェスカの体は静かに、虚空にかき消され、原子の塵と化していった。

 また、次の百万年が、過ぎる。

 

(2003/6/17)

 

back    ひどく透明な水晶から来た方はこちら