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ひととき、雷鳴の轟く間に

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 激しい雨が、地を洗い、天を覆う暗雲からは稲妻が走り、雷鳴がとどろき渡っていた。空(くう)を吹く大風(おおかぜ)は、地上の松林をなぎ倒さんがばかりの勢いである。今、この松林の中を一人の侍がよろめきながら進んでいた。侍の鎧は傷だらけで、その手にもつ太刀は真ん中から折れていた。額からは血を流し、そして、背中からは一本の矢で貫かれていた。

 木の根にでもつまずいたのか、侍は地に倒れ落ちた。もはやこれまでと思うと侍は最後の力をふり絞って起きあがり、傍らの松の木に背を預けた。
「我が主君は無事に落ちのびなされたであろうか」
こうつぶやくと、そのまぶたを閉じた。もはや二度と開かれることはないように見えた。

 強風が地に吹き渡り、松林がざわめく。一本の松の木が、自分の根本にいる生き物がもはや死の際にいることを悟る。今までもそうしてきたように、松はその生き物の記憶を探り、物語を作る。そう、松は死に行く者にその生涯を夢見させるのだ。

 侍は、今、自分の一生を眺めていた。
 嵐の中の最後の戦い、今まで勝ち残ってきたあまたの合戦、初めての戦(いくさ) ―。
 元服のとき、立派な武者であった父の最後、美しき母の死 ―。
 侍は、時を遡っていることを知る。
 優しき乳母、そして楽しき幼少のころ、赤子となり、小さき粒となり―。
 そして父の、母の若き姿を見る。

 松は個々の命が消滅するのを感じることはできた。だが松は、命の始まりを知ることはできないのであった。それゆえに、個体の死を種の死と見、その個体に隠された種の歴史を見せるのだった。

 侍はさらに見る。"侍"が争う戦乱の世を。
 "侍"がそれまで圧政をしいてきた"王"を討ち倒し、民を解放するのを。
 村人が自衛のために武装し、初めて"侍"と呼ばれるのを。
 賢き王が民に敬われるのを。
 人が協力し、村で生きるのを。
 自然にもてあそばれ、力つきる人々を。
 そして侍は見た。
 天にそびえる塔を。空を飛ぶ船を。地に蠢く人々を。
 それらが巨大な光につつまれ、塵と化していくのを。
 そして暗黒となった。

 侍は目を開いた。今のは夢か、幻か。それとも父母の招きであったか。
「この辺りだ、探せ!」
 追手だ。この矢の発信をたよりに追ってきたのだ。もっと来るがいい。侍は懐から小さな円筒形のものを取り出すと、その釦に指をかけた。

 雷雨の中を、四五十騎ばかりが駆けている。稲光りよりも激しい光を感じて先頭を走っていた大将は、馬を止めそちらを振り返った。すると、白い光球が膨らみ暗雲を照らすのが見え、雷鳴よりなおすさまじい轟音が鳴り響き、ひとしきり強い風が吹いた。大将は涙を流して言った。
「さては我を無事逃がさんが為に囮になりし者供が、敵をば道連れにして果てたのであろう」
供の者も、皆うなずき合いながら涙を流した。

 

(1990/2/8)

 

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