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左眼

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「この左眼を僕の形見にしてくれ」
と彼が言うので
「この左眼をあなたの形見にする」
とわたしは言い、わたしの左の開いた眼窩に彼の左眼をはめこんだ。
 彼の左眼を通して見た世界は少し青みがかっていて、どことなくペルシャのガラス細工じみていた。空をあおぐ摩天楼は炎をともした紫のろうそくで、行き交う人々は時を止めたマネキン人形。白と黒とグレーの車の群れは玉虫色の甲虫群になってわたしの心をなごませた。
 右目で見る空虚な世界と左目で見る幻惑の世界の差異が面白くてわたしはいつも目を交互に見開いていた。

 わたしが左目で街を見ながらオープンカフェで青いコーヒーを飲んでいるとマネキンの一人が声を発した。
「あなたの左目はとてもきれいですね。まるで透明な水晶のようだ」
 わたしが右目でその人を見ると、その人はただ不思議そうにわたし(の左目)を見つめていた。
 わたしは再び左目でその人を見ようとしたが、左目には何も映らず、無人のカフェでわたしだけがただ一人の客だった。
 だから私は彼の左眼にカッターナイフを突き刺して、右目を開いてこう言った。
「よかったら一緒にお茶でもどう?」

 

(2004/5/5)

 

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