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花束を君に

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 昔々、まだ地球が"国境"という線で"国"という単位に分かれていた頃の話・・・。

 * * *

「花束を君に贈ろう」
 あるとき、ある一人の兵士が涙を流しながらこうつぶやいたという。いったい、いつ、どこで、そしてどうしてなのかは伝わっていない。だが、その時からこの計画は始まったのだ。
 それは、密かに計画され、長い時間をかけて、少しずつ準備されていった。そして誰も知らぬ間に着々と実行に移されたのだった。

 * * *

「命令だ! やるんだ!」
「しかし! 核ですよ! これを撃てば人類は滅びるんですよ!」
「だが敵はやったのだ! 今さらもう戻れない」
「―神よ、許したまえ」
 その将校はICBMの発射シーケンスを開始する。
 スイッチON。

「見ろ、モニタを」
「命令が降りた」
「・・・ついにやっちまった・・・」
「―我々が"浮上"したとき、もう世界には文明は存在しないのだ」
「さあ、我々もささやかながらこの狂気の饗宴に参加しようじゃないか」
 SLBM、全弾発射。

 GPSや偵察衛星、観測衛星の名目で打ち上げられていた無数の攻撃衛星に指示が下される。それは、無感動に、無慈悲に、地上目標に向けて核弾頭を搭載したミサイルを放つ。

 見よ、虚空を飛び行く無数の光の使者達を。
 彼らこそは"死"なり。
 彼らこそは"無"なり・・・。

 * * *

「皆さん、全面核戦争が勃発しました、この都市にもあと5分で核ミサイルが到達します!」
 TVセットががなり立てる。
 その非現実的で非日常的な言葉。
 あと5分で世界が消える。自分が死ぬ。逃れるすべは無い。
 人々はこの厳然たる事実に恐怖する。

 あと4分。

 この運命はもう避けられない。自分には未来が無い。絶望。なぜこんなことになってしまったのか。誰がこんなことを起こしたのか。
 やり場のない怒りが人々の心にわき上がる。

 あと3分。

 どうせ死ぬなら、全て無くなるのなら、やりたいことをやって死にたい。人々の心を支配するのは、行き場の無い欲望。

 あと2分。

 しかし―しかし時間が、もう無いのだ。何をすればいいのだ。何が出来るのだ―絶望とあせりにさいなまれる。

 あと1分。

 そう、何も出来ないのだ。ただ突っ立って、"死"を待つしかないのだ。
 何の意味も無い数分であった。
 

 そして
 何の意味も無い人類であった。
 何のために我々はこの地に生まれついたのだろう。
 我々は何も出来なかった。
 我々は無意味な存在だった。
 

 ただ、深い悲しみだけが世界の人々の心を覆った。

 0。

 ある人は空に光を見たと言う。
 またある人は、かすかな音を聞いたという・・・。

 0時間に人々の上に降り注いだもの。  

 それは、色とりどりの美しい"花束"であった。

 人々は、ただ、泣いたという。

 

(1990/1/31)

 

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