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グラタン

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 グラタンにスプーンを突っ込んだところで、重要なことを思い出した。
 以前、グラタンで口を火傷したことがあったのだ。人は失敗を積み重ね、反省し、そして学習して生きていくものだが、僕とグラタンとの関係に限っていうとこれは当てはまらなかった。口に入れる前に思い出して正解だったが、前回も、そして前々回もグラタンで口に火傷を負ってしまったのだった。折角のご馳走も、一口も味あわずに、あとは単調に味も分からず口に運ぶだけ。後悔役立たず。忘却の海に悲しみの記憶を押し込んでしまったせいで再び悲しい思いをしたのだった。だが、今回は、前にグラタンを食べてから日数が立ってないせいか、思い出すことができた。これは実に喜ばしいことだ。なにせ今回はわざわざレストランにきてお金をだしてグラタンを頼んだのだ。先回-二年くらい前-に食べたのは、友達からもらった賞味期限を一日過ぎたインスタントのグラタンだった。家で電子レンジで温め、思いきり沢山スプーンですくって口に入れたら火傷したのだ。また火傷した自分の馬鹿さ加減には呆れたが、もらいものだったので腹は立たなかった。しかし、今回は自腹で食べる以上、むざむざお金をどぶに捨てるようなことだけはしたくない。
 ゆっくりと落ち着き、そして余裕がある自分にうれしくなりニヤリと笑うと、おもむろにスプーンをグラタンから離し、そして今度はかなり小さめにスプーンでグラタンをすくった。息を何度も吹きかけ、さます。スプーンを口に運ぶ。

 うまい。・・・うまいが。なんだ?なにか、変だ。今度は、スプーンでかなり多めにすくい、あまりさまさず口に運ぶ。よくかんでチーズを味わう。うまい。が・・・。
「あの、すいません」
「はい?」
僕は、グラタンを運んで来てくれたウェイトレスに声をかけた。髪をポニーテールにした眼鏡のよく似合うかわいい娘だ。
「あの、・・・このグラタン、ちょっと冷めてませんか?」
そうなのだ。一口めに食べて変だと思い確かめたのだが、このグラタン、できたてではないのだ。始めからこのグラタンは冷めていた・・・。
「ええ、そうですよ。食べやすいでしょ。」
「それは、まあ、確かに食べやすいけど・・・」
「ね。わざわざ火傷しないようにできてから少しおいて冷ましたの」
「え?わざわざ?」
「そ。ちょうど食べごろだったでしょ。前みたいに火傷したらかわいそうだし」
「?なんでグラタンで火傷したこと知ってんの?」
「だって私見ていたもの」
そういうと、クスリと笑ってウェイトレスは去っていった。 僕はちょっと複雑な気持ちで三口めを口に運んでいた。心遣いはうれしいけど、次にグラタンを食べる時に火傷のことをまた忘れていたらどうしよう。それとも、次のグラタンもまたあの子に運んできてもらおうか。

 

(1999/4/12)

 

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