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フランチェスカのお買い物。

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「アレイシア、倉庫に保存しておいた赤き大地の恵みはどこに?」
「人参ですか? さあ、私は移動していませんが……あら、こんなところに穴が」
「壁に穴が開いていようとも、守りの番人がいるはず」
「虫狩りロボットは作動していたはずですが……あら、止まってる……故障かしら」
「では全て地に蠢く者の糧と成り果てたのですね」
「どうやらそのようです」
「今晩のメニューに添えようと思っていたのに、これでは致し方ありません。私が買い物に出かけましょう」
「え、フランチェスカ様がですか?」
「もちろん。何か問題でも?」
「い、いえ別に」
地下倉庫から上がって来る二人。そこへ主人が出くわす。
「ご主人様、フランチェスカ様がお買い物へ出かけたいとおっしゃられるのですが」
「え、フランチェスカが!?」
「ええ、今宵の晩餐に足りぬ食材があるのでそれを調達致してきます」
と、フランチェスカ。
「ま、まあ、フランチェスカが直々に行かなくともいいんじゃないか。配達させるとか」
「いえ、私のこの目にかないし物こそご主人様にふさわしい物。私が行って参ります」
「いや、それはそうだけど……」
「何か問題でもおありですか?」
「……いや、無い」

「では出かけてきます」
主人とアレイシアが屋敷の入り口から見送る。
「車は使わないのか?」
「市場に止める場所もないですし、赤きものどもごときにそんな大げさな機動車は使用いたしません。私の足で十分でございます」
「あの、フランチェスカ様、くれぐれも人参をお買いになってくださいませ」
「アレイシア、なんですか、その言い方は。まるで私が紫紺の丸き葉々でも買ってくるとでも?」
「あ、いえ、そういうわけでは……」
笑顔がひきつるアレイシア。主人の表情も若干ひきつっている。
「それでは、いざ、行って参ります」
「フランチェスカ様、お元気で」
「くれぐれも寄り道するんじゃないぞ」
フランチェスカの姿が門から見えなくなったあと。主人とアレイシアは顔を見合わせる。
「大丈夫でしょうか、今回は」
「信じたい、今回は大丈夫だと」
二人ともひきつった笑顔をお互いに交わす。

 フランチェスカは軽快な足取りで市場の方角へと歩いていく。屋敷街をしばらく歩いていると、蟹川老人と出会う。
「やあフランチェスカちゃん、どこへ行くんだい」
「大地より出でし、あるいは地の底へと向かいしものどもをおいてあるお店へとです」
「八百屋に行くのかい、気をつけてな」
「はい、蟹川さんもどうか道中お気をつけて」
フランチェスカと別れると蟹川老人は笑顔でぽつりと独り言を言う。
「はてさて、今回は何を買ってくるやら」

 屋敷からほど遠く来ると、子供達が道ばたで集まっていた。日曜の朝から子供達は元気だ。
「あ、フランチェスカちゃんだ」
「フランチェスカちゃん、遊ぼうよ、今ベイゴマやってるんだよ」
「あいにくですが、私は仕事中です」
「フランチェスカちゃん何してるの? またお屋敷壊したの? それともガラスの犬でも捕まえた?」
「そんなことはしていません。市場へ紫のものを買いに行くのです」
「紫?」
子供達は顔を見合わせる。
「紫トマトのこと?」
フランチェスカはここではっとして、ぶるんぶるん頭を振って言い直す。
「いえいえ、赤きもの、人参を買いに行くのです」
「ふーん、そうなんだ。じゃあ、また今度ね」
「はい、それでは」
フランチェスカが去ったあと、子供達はクスクスと笑い出す。
「きっと紫トマトを買ってくるよ」
「記憶領域に書き加えられたよねー」

 フランチェスカはようやく市場へと着く。活気に満ちているが、少し遅かったせいか、朝市という時間ではない。フランチェスカは野菜を扱っている通りへ歩を進める。
「やあ、フランチェスカさん、いらっしゃい」
「大地より抜き去りし血の色の棒を十本ほどお屋敷へと持ち帰りたいのですが、この代金はエッフェル塔のごとき高さのようです」
「ああ、ニンジンかい、このごろ不作でね、値は下げられないけど一本おまけしとくよ」
「それでは、もう一本頂くのでその値をエンジェルフォールのように下げて頂けませんか」
「だめだめ。フランチェスカちゃんの頼みでも無理だよ」
「ではもう十本買います」
「じゃあもう一本おまけするよ」
フランチェスカは考え込み、辺りをみまわして、あるものを見つけた。
「ではそこの紫トマトを一皿買いますので値引いて下さいな」
店主は考え込む。もう一押しと思ったのか、フランチェスカは、
「さらに、そこの紫キャベツも五つ頂きます」
とたたみ込んだ。
「分かった分かった、根負けしたよ、フランチェスカさんには、値引いてあげるよ」
「いと有り難き幸せでございます」

 野菜のつまった袋を抱え込んで市場をフランチェスカが歩いていると、パン屋が声を掛けてきた。
「フランチェスカちゃん、大変そうだねえ」
「いえ、なんのこれしき。それより何か異国風のいい香りがして参ります」
「お、分かるかい、フランスパンなんだけど生地の原材料を少し変えてみたんだよ」
「よろしければそれを頂けないでしょうか」
「あいよ、ありがとさん」
「フランチェスカさん、パンといえば牛乳でしょう、一缶どう?」
と、隣の店主。見かねたパン屋が口を出す。
「フランチェスカちゃんはもう荷物を持てないよ」
と、そこへ魚屋が切り出す。
「フランチェスカちゃん、よかったらリヤカー貸すよ。明日返してくれればいいから」
「そうですか、ではお言葉に甘えてお借りいたします」
続けて言う。
「それでは、その大地の恵みより生成された新鮮な牛の乳を一缶頂きます」
そして、
「魚屋様からはそのマグロを一本頂きましょう」
「丸ごとかい、ありがとさんよ」」

「フランチェスカ様遅いですね」
「ああ、昼食の時間はとっくに過ぎているし、もう夕食の準備に取りかかってもらわないといけない時間だが」
「私、ちょっと外見てきます」
「ああ、すまないがそうしてくれ」
 アレイシアが心配そうに屋敷の前に立つ。すると、遠くから何やら引っ張って来るフランチェスカが見えた。
「フランチェスカ様ー!! 心配しておりました!?」
フランチェスカはえっちらおっちらと、リヤカーを引っ張って来た。
「……あの、フランチェスカ様、これは……」
「もちろん、本日の食材です」
フランチェスカの引っ張ってきたリアカーには食材がたんまりと詰まっていた。
「フ、フランチェスカ様……」
「何か?」
「い、いえ、なんでもありません」
アレイシアはひきつった笑顔で答える。(冷凍室、まだ余裕かしら)

「フランチェスカ、心配したよ――を!?」
「ご主人様、ただ今帰りました」
「何だこりゃ」
「もちろん、今宵の食材でございます」
「あ、なんだか頭がくらくらしてきた」
「それはいけません、栄養たっぷりの夕食を作りますのでご主人様においては精をつけてくださいませ。アレイシア、食材を冷凍室と冷蔵室と倉庫に運ぶのを手伝いなさい」
「はい」

 翌朝。フランチェスカは空のリアカーの前にいた。
「さて、これを魚屋様に返してまいります」
「フランチェスカ様、くれぐれも寄り道しないで下さいませ」
「アレイシア、何ですかその言い方は。まるで私が何か失敗でもしそうな物言いではありませんか」
「あ、いえ、そういうわけでは……」
笑顔がひきつるアレイシア。
「それでは、留守中頼みますよ」
「はい、フランチェスカ様もお気をつけて」

「……で、フランチェスカはリアカーを返しに行ったっきり帰ってこない、と」
「はい、もう夕食時ですのに」
と、そこで呼び鈴が鳴らされる。
「はい、ただいま参りま――あ!?」
「どうした、アレイシア!」
主人とアレイシアの視線の先には、リアカー二台分の荷物の前に立つフランチェスカがいた。
「フ、フラン……その荷物はいったい」
「ただ今もどりました、ご主人様。ちょうど掘り出し物の調度品などがありましたのでリアカーを借りて購入してきました」
 頭を抱える主人。もう笑顔も出ないアレイシア。そしてすました顔のフランチェスカが立つ。

 

(2012/12/16)

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