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ちくわおじさん

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 僕が小学一年生の頃、通学路に「ちくわおじさん」と呼ばれているおじさんがいたんだ。おじさんといっても、年齢は分からない。何しろ小学生からみれば、20歳以上は皆「おじさん」だったしね。でも小学生が通学している時間にのんびりしているくらいだから、仕事はしてなかったのかもしれない。
 それで、なんでそのおじさんがちくわおじさんと呼ばれていたかというと、小学生が通学するのを見ながらちくわをかじっていたからなんだ。それも毎日毎日飽きもせず。誰かが「ちくわおやじちくわになるぞ」ってはやし立てても「おう」としか答えずに、ただもくもくとちくわを食べ続けていたんだ。僕も変なおじさんだな、って思っていたけれど、怖いから、ただ道の反対側を通っていたんだ。

 ところで、ある日、僕は寝坊して大遅刻をしてしまったんだ。そうとう遅れていたのに、まだちくわおじさんはちくわを咥えて家の前に置いた丸椅子に座っていたんだ。変なの、と思いながら通り過ぎようとしたその時、ちくわおじさんの咥えていたちくわから、「ぴーひょろろー」と音が鳴り響いたんだ。僕はびっくりしてちくわおじさんの方を見ると、おじさんは「どうだ、面白いだろう。もっと面白いものをみせてやるぞ」と言って、またちくわをぴーひょろろろろーと鳴らし始めたんだ。
 そしたらどうしたものか、あちらこちらから、猫が顔を出して、屋根から塀からたくさんの猫がちくわおじさんの足元に寄ってきて、「にゃー」って鳴くんだ。それを見てちくわおじさんはちくわの切り身を猫たちにばらまいてやってあげたんだ。猫たちは喜んでちくわを食べる、それを見ながらちくわおじさんはちくわで音楽を演奏しはじめる。僕はもうとても不思議な光景を見ていたんだ。
 やがてしばらくするとちくわおじさんが言ったんだ。
「坊主、ちくわの秘密を知りたいか」
僕は迷わず、うん、と言った。そしたら、
「でもただでは教えられねえな。明日千円持っといで」
と言うんだ。千円なんて、小学一年生にとっては相当な金額だ。でも僕は秘密が知りたくて、
「うん、明日持ってくる!」
と言ってしまった。
「よし、じゃあ、早く学校行きな」
「あ、忘れてた! じゃあね、ちくわおじさん!」

 僕はその日は気もそぞろで、何にも身が入らず、学校が終わると友達と約束もせずにさっさと家に帰って早く明日にならないかなとまちわびていた。
 それで翌日になって、その日もわざと遅刻してちくわおじさんの家へと行ったんだ。
 そしたら、家の前にはちくわおじさんがいなくて、黒白の幕が家のまわりにかけられていたんだ。
 僕はなんだろうと思って家をのぞいてみたんだ。そしたら、黒い服を着たおばさんが居て、
「坊や、どうしたの?」
って聞くからおもわず
「ちくわおじさんは?」
って聞いちゃったんだ。 そしたら、そのおばさんはちょっとだけ笑いながら、
「ちくわおじさん――コウゾウさんはね、昨日突然亡くなってね・・・」
 僕はおばさんの全部の言葉を聞く前に逃げ出していたんだ。人が死ぬなんて怖いことがこんなに身近に起こったことがなくて混乱してしまったんだ。

 その日からちくわおじさんはいなくなった。学校でもその話題がしばらく続いた。でもじきにみんなそんな現実に慣れてしまった。
 話はこれでおしまい。で、僕は今もちくわの秘密を探ってちくわを日々研究してるのさ」
「で、その秘密は分かったの?」
「全然。でもちくわで演奏するのはうまくなったよ。それに猫のかわりに君が寄ってきたしね」
そしたら彼女はくすくす笑って、
「だって、キャンパスの中をちくわを演奏しながらかっぽしてるんだもの。おかしくておかしくて。それにちくわの秘密が知りたくなったしね」
そう言うと、彼女は僕の肩に頭を乗せてきた。
 僕は猫のかわりに彼女のためにちくわを演奏してあげた。

 

(2008/3/5)

 

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