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カメレオン

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 私が八百屋で買い物をしていると、背後から声がした。
「お嬢さん、わしが死んだら川に投げ込んでくれないか」
振り向くと、壁に一匹のカメレオンが張り付いていた。
 私とカメレオンは海の底でこんな会話をしていた。
「わしの故郷は地球の反対側の川なんだ」
「いいの? 川に投げ込んだってそこに帰れるとも限らない。あなたの体を構成する原子分子がまた有機物になって、全部集まって、その体が元に戻るまで、五千年、五万年、五十億年かかるかもしれないのに」
「いいんだよ。ただ故郷につながっていると考えるだけで十分なんだ」
よく見ると、その壁のカメレオンはもう死んでいた。
なので私はそのカメレオンを引きはがして、近所の川に投げ込んだ。
願わくばその魂が故郷に帰れることを祈って。

 

( 2010/6/25)

 

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