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ある少女の選んだ未来は 

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 土砂降り。小さな川の脇の道を祥子は歩いていた。
 上流の方から学校帰りの小学生達が何か川の方を指さして騒ぎながら走ってくる。つられて川の方を見てみると、子犬が一匹増水した川に流されていた。
 祥子の思いが駆けめぐる。もしもあの子犬が助けられたとして、その後子犬はどうなるのだろう。誰も飼う者がいなくて野良犬となり植えて死ぬのか、車にでもはねられて死ぬのか、あるいは―。
 それならいっそ助け上げるなんてことをせず、このまま溺れさせた方がいいのでは―。
 だがその心の迷いとは裏腹に、子犬の姿を見た瞬間、体は川の方へ向かっていた。そして心もそれに追従する。
 違う、そうじゃない、他の可能性、他の未来もあるはずだ。そしてそれがある限り、それを奪ってはいけない!
 川に飛び込み、子犬を捕まえる。思ったより流れが急だ。右手の触手を伸ばして岸にとりつき、なんとか子犬を助け上げることができた。
 小学生が喜んで子犬を囲んでいる、その向こうから一人の老女がヨタヨタと近づいてきた。
「本当によく助けてくれましたこと。私にどうすることもできなくて」
 聞くと、川に子犬が落ちたのを見て追って来たのだという。
「よかったら私の家にいらっしゃい、それじゃ風邪ひいちゃうでしょ」
「でも―」
「すぐ近くだから。一人暮らしだし遠慮しないで。犬は私が飼いましょう」
「それじゃ寄らせてもらいます」
 よかったね、ワンちゃん。希望は確かにあったんだね。うれしくなった祥子は少し涙ぐんだ。それほど悲しいことばかりが起こっていたのだった。

 「さあ、ざっと体を拭いたら奥の部屋へ行きましょう。歳をとると寒さが身にしみてね、もうヒーターを出してあるんですよ。服は乾燥機で乾かしましょう」
 子犬を玄関に残し、祥子は奥へ案内された。
「広い家ですね」
「一人で住むにはねぇ。子供達はもうみんな独立してしまったし、夫にも先立たれて。さ、この部屋ですよ。体をよく拭いて待っていて下さい。私は犬を拭いて連れてきますから」
そう言って老女は祥子を残し玄関へ向かった。

 久しく祥子が忘れていた人の情けというものを思い出させてくれる老女の行為だった。あの人なら子犬のよい飼い主になってくれるだろう、子犬は幸せに暮らせるだろう―。

 短く、鋭い悲鳴が聞こえた。老女のものだった。

 玄関に駆けつける祥子。その目前には―。

 老女が立っていた。その頭には無数の触手がうごめき、そして首からは血が吹き出ていた。見覚えのある―そう、祥子の右手のものによく似ていた。その触手は―子犬のばっくりと割れた背中から伸びていた。老女の体が崩れ落ちた。

 無駄とは分かっていながらも祥子は飛び出し、触手を引きちぎる。子犬は―もはや子犬ではない"それ"は異常な跳躍力で飛び祥子の左肩に食いついた。祥子は右手で"それ"の頭を掴んで引き剥がし、壁に叩きつけた。"それ"は壁にのめり込み、いやな音をたててつぶれた。もの言わぬ抜け殻が玄関に二つ―。

 希望など始めからなかった―私が選んだのは最悪の未来だった・・・。土砂降りの中、傘もささず、祥子はただひたすら走っていた。  

 

(1989/10/1)

 

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