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α-1 the X-biorg

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 ぼくは目覚めた。ぼく? ぼくは何?
「名前を言ってごらん」
 手術台の脇の白衣を着た女の子が言う。ぼく。ぼくは何だろう。ぼくはビーグル犬だ。
「犬」
 ぼくは答えた。
「そう、だね。でもあなたの名前はアルファ・ワン」
 あるふぁ・わん。名前。
「ぼくの名前。あるふぁ・わん」
「よく言えました。アルファ・ワン、エクスバイオーグのアルファ・ワンだよ」
「さてクロウ、完成したことだし早速試食会を」
 スパン。スリッパの小気味よい音がする。
「料理じゃありません!」
 白衣を着た猫が頭をたたかれてうめいている。でかい猫。

 ぼくは部屋の中を歩き回る。この部屋には色んなものがある。でもぼくはぶつからない、目と耳と鼻とひげがあるから。クロウが言う。
「じきにもっと色んなことができるようになるよ。"手"が使えるようになれば」
 手? 前足のこと?

 クロウ嫌い。時々痛い注射をする。猫博士もっと嫌い。クロウが見てないと食べようとする。ぶるぶる。

 クロウが言う。
「そろそろ"手"を出してごらん?」
 手、前足を上げる。
「ううん、背中に意識を集中するの」
 背中、むずむずする。何かが飛び出る。
「そう、それがあなたの"手"」
 目の前に"それ"がぶら下がっている。赤茶けた、骨張った2本の指がついた棒。ぼくが意識を集中すると、その指が動いた。
「これがぼくの手?」
「そう、それがあなたの手」

 ぼくはぼくの手でいろんなことをしてみた。クロウの白衣を引っ張った。博士のしっぽをつかんだ。サーバーの電源を引っこ抜いた。
 だんだんぼくの手は、指の数が増えて、複雑なことができるようになった。僕の手はキーボードを叩けるようになった。でも、研究室のPCにはデータが入っていなかった。ただ、僕の成長記録と、カウントダウンの数字、それとXenobiocompound-organismというキーワード以外は。
 僕は、研究室の扉を開けて外に出てみた。クロウがあわてて追ってきた。廊下には―何も無かった。
「ごめんね、医学部2号館の中は作ってなかったから」

 日に日に僕の手は大きくたくましくなっていった。なんだか重たい。歩くときによろよろする。
 クロウが僕のほうをじっと見つめる。
「もう、"手"のほうが速いんだね」
 なんだか悲しそうだった。

 僕は次第に寝てることが多くなった。動くのがだるい。時々PCをいじってみる。カウントダウンの数字はもう残り少なくなっていた。

 ある日、クロウが言った。
「外へ出かけてみようか」
「でも"外"はないんでしょ?」
「大丈夫。三角池まででかけてみよう」
 クロウのあとに続いて研究室を出る。よろよろしながら僕はクロウの後ろをついていく。目と耳と鼻とひげで廊下をさぐったけど、やっぱりなんにもなかった。
「ごめんね、殺風景で。でも外に出れば大丈夫」
 誰もいない玄関から外へ出る。暖かい。まぶしい。日の光。色んな物があった。
「クロウ、これは何?」
「それはトリフィド」
「これは何?」
「アミガサタケ」
「これは?」
「うにゅうリーナ」
 クロウのわきを歩きながら色んな匂いを嗅いだ。
「三角池のほうへ行ってみようか」
 桜の木がはえた池のわきに来た。
「知ってる? 桜の樹の下には梶井基次郎が埋まっているんだよ」
「じゃあ、この樹はお墓なの?」
「冗談、冗談。―ほら、池のほうをみててごらん」
 何かが池の中を泳いでいた。突然、水中から巨体が飛び出した。
「シロナガスクジラだ」
「そうだね」
「面白いね」
 僕はねそべりながら池を眺めていた。なんだろう、とてもからだがだるい。

 夢をみていた。あったかい、ひなたぼっこの夢。目がさめたら、クロウのひざの上だった。 あったかい。
「α-1という名前は、、全てのはじまりという意味。だから、全てのエクスバイオーグの始源。もうお休み」
「うん、クロウ、お休み・・・」
 僕は、目をつぶった。僕の視界から三角池が消えた。クロウのひざの上の感覚だけが僕の世界のすべてだった。けれど、それもじきになくなっていった。

   *   *   *

「どうだった、αは」
「だめですねぇ、予想以上に純粋仮想細胞の増殖が速くて・・・それに、仮想キャンパスの中で空間認識があまりうまくいってなかったようです。とりあえずα-1は消しました」
「ところで、このゴーストのクロウ、なんか本物と違うくないか」
「は?」
「なんか凶暴さが足りないというか」
「なんでトレーナーに凶暴さが必要なんですか! と言う前に、お約束の昇竜・04式華斬乱舞!!」
「そう何度も同じ手をくらうか」
「あ、こら、まてー」
 クロウ、博士を追いかけシミュレーションルームを後にする。扉を抜けるときにに、ただ、一度ふり返りそっとつぶやく。
「おやすみ、アルファ・ワン」

 

(2004/11/23)

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